カテゴリー「学問・資格」の26件の記事

2012年1月31日 (火)

【イベント情報+UST】第4回新たなる多数派の形成をめざす上野村シンポジウム

東日本大震災から未来へ
-培ってきたものの再評価、新しいものの創造-

 東日本大震災から一年近くがたつ2012年2月4日と5日、これからの社会をどのようにつくっていったらよいのかを、群馬県の山村、上野村から提案する全国シンポジウムを私たちは開催します。今回の震災をどのように教訓化したらよいのか。復興のためにどんな行動をし、日本の社会をどうつくりかえていけばよいのか。自然や人のつながり、地域の文化を大事にしながら生きてきた上野村の地こそが、未来を語る最適地であることを確信しながら、全国の多くの人たちと議論できる場を私たちは創造します。
分科会テーマ

パネルディスカッション・コーディネーター
  内山 節(哲学者)

  • 新しい産業は懐かしさから
      吉澤 保幸(場所文化フォーラム代表幹事)
  • 上野村は行動する!
      神田 強平(上野村村長)
  • 地域文化が未来を作る
      田中 幹夫(富山県南砺市市長)
  • エネルギーを自分の手に
      鈴木 悌介(鈴廣かまぼこ株式会社副社長)
  • 環境と向き合う視座
      篠上 雄彦(新日本製鐵株式会社環境部)
  • 集いが地域を作る
      本木 陽一(高崎CIP)
  • からだという自然に学ぶ
      山上亮(野口整体・整体ボディワーカー)
  • 原発事故と向き合う
      芳賀 智美(福島県自然食レストラン「銀河のほとり」)
  • 自然から価値をつくる
      高橋 隆(神流町「田舎暮らし体験処 木古里」)
  • 都市と農山村の垣根をはずす
      黒澤 美穂(上野村yotacco)
  • その他パネリスト
      木内 孝(株式会社イースクエア)
      神津 多可思(リコー経済社会研究所)

2月4日(土)

13:00 開会
      「上野村の、旧きゆかしき婚礼の儀」上映
13:15 パネルディスカッション
      各分科会パネリスト
      コーディネーター 内山 節
15:15 休憩
15:30 分科会
17:30 分科会終了
      ホテル・ヴィラせせらぎへ移動
      自由時間
19:00 懇親会
  ヴィラせせらぎ河原にてどんどん焼き
21:00 懇親会終了

2月5日(日)

 9:00 分科会報告・全体討論
11:50 全体討論終了
12:00 閉会
13:00 おまけ(希望者)
      「上野村村長さんと座談会」
      まだまだ話し足りない人、村長さんとじっくりお話ししたい人、上野村の今後が気になる人は村長さんとざっくばらんに話をしてみましょう!!

上野村公式Youtubeチャンネル
http://www.youtube.com/user/UenoVillageOfficial/

会場:上野村小学校音楽室
懇親会会場:ホテルヴィラせせらぎ
宿泊先:ホテルヴィラせせらぎ他
参加費:無料(宿泊、懇親会は別料金)
申込先:上野村役場企画財政課 TEL:0274-59-2111 FAX:0274-59-2470

どんどん焼きで、天神待ちの夜ごはん!

上野村の伝統文化に触れよう。
2月4日の懇親会では、「どんどん焼き」を体験しながら、今はなくなってしまった「天神待ち」という行事の際の食事を再現します。
上野村の文化に触れながら地元の食材にこだわったおごっつぉを楽しみましょう。

どんどん焼きってナニ??

 道祖神信仰のある上野村では、小正月に道祖神焼き祭り、どんどん焼きが行われています。道祖神はムラの入口や境に祭られていて、ムラの外から遅いくる疫神悪霊などをムラ境や峠、橋のたもとなどで防ぎ、守る神と信じられています。
 どんどん焼きでは、正月飾りや達磨、書き初めなども燃やします。また米粉で作った「繭玉」を枝に刺してあぶって食べます。「どんどん焼きの煙に当たると風邪を引かない」「繭玉を食べると身体が丈夫になる」「書き初めをくべて高く上がると書の腕が上がる」などと言われています。

天神待ちってナニ??

 1月24日が天神待ち、25日が天神講です。子供たちが米を持ち寄って近所の家に泊まります。宿の家で天神待ちをするのは、米だけの飯は物日でなければ食べられない時代にあっては子供にとって楽しい行事でした。醤油飯や缶詰飯、うさぎ飯などと、福神漬けか生姜くらいのおかずで食べました。食事の後、奉納天満天神宮と一点一画ずつ代わる代わる唐紙に書き、翌朝早く唐紙を天神様にあげに行きました。この日は夜更かしも許され、夜遅くまでトランプやかるた、双六、とっこ等で楽しい時を過ごしました。

当日は4日と5日の全体会のみ以下のUstreamで生中継します。

http://www.ustream.tv/channel/10296071

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年10月 7日 (木)

【イベント情報】群馬県地域結集最終報告会・みえだも発表

自分の仕事の最終報告会です。よろしかったらお越しください。

群馬県地域結集型研究開発プログラム
環境に調和した地域産業創出プロジェクト
   最終成果報告会

 群馬県・(財)群馬県産業支援機構・(独)科学技術振興機構は、平成18年1月から群馬県地域結集型研究開発プログラム「環境に調和した地域産業創出プロジェクト」として、環境保全と畜産振興の両立を目指した研究開発に取り組んで参りました。これまでに、環境・新エネルギー・バイオに関する数多くの成果をあげ、これらを多くの皆さまに知っていただき、さらに活用していただくため、成果報告会を下記の通り開催いたします。

平成22年11月5日 金曜日 13:00~19:00
前橋商工会議所2階(群馬県前橋市日吉町1-8-1)

第一部 成果報告会  13:00~17:00

13:00~14:50

  • 事業概要説明 企業化統括 曽我 孝之
  • 研究成果概要報告 代表研究者 小島  昭
  • 家畜排せつ物の低温ガス化技術の開発 テーマ1リーダー 宝田 恭之
  • 鶏糞低温熱処理炉の開発 (株)キンセイ産業 金子 啓一

14:50~15:20 [休憩・ポスターセッション]

15:20~17:00

  • 畜産環境改善技術の開発 テーマ2リーダー 渡邊 智秀
  • ファイバーボール脱臭装置の開発 (有)ヂー・エヌ・エス・テクノセールス 佐藤 光芳
  • 軽石脱臭装置の開発 (財)群馬県産業支援機構 三枝 孝裕
  • 出願特許について (財)群馬県産業支援機構 飯塚 登志
  • フェーズⅢに向けて 群馬県科学技術振興室 上石 洋一

第二部 意見交換会  17:15~19:00

◆参加費    報告会は無料。意見交換会は1名につき5,000円。
◆募集定員    200名[県内外の畜産関係者・企業関係者・大学関係者、その他(一般・学生等)]
◆申込方法    申込書にご記入いただき、10月29日(金)までにFAXにてお申込みください。
◆お問い合わせ先 (財)群馬県産業支援機構 販路・産学連携グループ(荻原、井上)
         TEL:027-255-6601

主催 群馬県 (財)群馬県産業支援機構 (独)科学技術振興機構
後援 文部科学省(予定) 経済産業省関東経済産業局 農林水産省関東農政局 前橋商工会議所 (社)群馬県商工会議所連合会 全国農業協同組合連合会群馬県本部 (社)群馬県畜産協会 群馬自家配研養豚農協 (社)群馬県配合飼料価格安定基金協会 群馬県飼料商組合 群馬大学次世代エコエネルギーシステム研究会 NPO法人北関東産官学研究会

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年11月22日 (日)

今時の大学生は・・・

みえだは卒業後もいろいろと大学にいっていますが、。(関連:2007/07/24 講演会を終えて2008/03/14 授業を持ちました2008/07/30 3度目の大学)今回は久しぶりに公開講座で講義を受けています。本当は松山に行きたかったんですが・・・。

久しぶりに頭を使っているので、頭がぴきぴきいっています。みえだの頭が弱い話はそのくらいにして、本題に入りますが休憩室の前に気になる看板がありました。

禁煙
建物を傷つけない
ゴミを散らかさない
トイレットペーパーを散らかさない
流しを汚さない

これが守れない場合は使用禁止

まあ、最初の禁煙はわかるにしても、こんな小中学校なみの注意書きをみて、何なのかと思います。最高学府な訳ですから。そこで友人にも聞いてみたところ

「個人的には三枝氏の指摘のとうりだと思います。
しかし、私の会社では他人に仕事を依頼する場合、当たり前に予想されうること含めて、すべての危険は注意しなければなりません。以前、針の取り替え作業を依頼しました。
そのとき作業員が手に針を刺してしまったという事故がありました。
手に針が刺さると怪我をすることを作業前に教育しなかったことが問題となり、先輩がいます。
今の世の中注意を書いてないと書かない方が悪いとなる世の中です。」

それとか、マナー低下とかゆとり教育世代だからなどという回答がきましたが、こんなことを取り上げなければいけない悲しさ。

それってこんな世の中だから仕方ないのか?、それとも教育機関が悪いのか?、親が悪いのか?・・・

理由を他人に求めても仕方ないのですが、他人を意識せず個を強調した弊害ではないかと思います。

先日大熊先生が片品村三人委員会哲学塾で「青年の貴重な4年間を預かっているのに大学はなにもできていない。もっと地域のために協力させないと、ただ4年間素通りしていく人材になってしまう」とおっしゃっていましたが、それ以前の問題だと思います。

上の記事で今時の学生だって捨てたもんじゃないと紹介したばかりなのですが。自分だって学生の頃はできていた訳じゃないにしても、こういう状況はますます今時の若いもんはけしからんといわれかねないだけに、もう少し当人たちに意識してもらいたいものです。

でもこういう話は学生を卒業して初めてわかる話だなと最近おじさんになったことを実感します。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009年4月10日 (金)

四捨五入

最近すっかり春めいて、あちこちで花が咲いていていい感じです。今年は桜がねばったので「桜の花咲く校庭に、期待をふくらませた入学式。」という卒業式の定番文句がちゃんと言えます。最近早咲きで入学式まで持ちませんでしたからね。

なんか、花がいっぱい咲くとうきうきしてしまう今日この頃。しかし体調は毎日飲み会で・・・。なんで飲み会はあんなに体に負担がかかる料理ばかりなのか。酒だけでも負担がかかるのに。そんな話を同僚としていると極論を言ってしまえば人は死ぬために生きていると。まさにその通りですね。美味しい物は毒ですし、良薬口に苦しですからね。

まあ、そんな中、先日もお風呂でくだらないことを考えていました。
四捨五入って公平じゃないと思います。
01234

56789
のまとまりで動かすわけですが、0は動かない訳ですから前半四個と後半五個になってしまいます。
そうなると真ん中の5と0のどちらかに近い方で切り上げ切り下げを定義した方がいいような気がします。実際に化学が塩素の原子量は35.453ですが、化学系の授業では35.5と計算しますから。(35にしてしまうと誤差が大きくなってしまうからと教わった記憶があります。Caまでで小数点以下の原子量がでてくるのはCl位の物ですから。)

0…0.1…0.11…0.111…0.2…1…2…3…4
と実際には間の数字も考慮しているから、同じだと言われた覚えがありますが、それは違うと思います。
何しろ…の中身を考える時は結局その中身の桁数に該当する数字だけで考えるわけですから。
結局数字は0・1・2・3・4・5・6・7・8・9の十種類しかないわけで、0は変化しないので除くとやはり4個と5個のまとまりなんですよ。

なんだかよくわからない定義がいっぱいあります。それを学校教育でどれだけ適当に(ごまかして)教えられてきたのかと。今振り返れば・・・。しかしそれを問うと社会の根底で決まったルールを覆しかねず、社会からは異端児としてみられてしまうんですよね。でもみんなが同じ発想では全く変化が無くておもしろくないと思うのですが、いかがでしょうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月21日 (土)

すごい人がいた物です

自分のご近所さんで以前コメントをいただいたことがある方が日本にいるというので会ってきました。大学入学以来ですからかれこれ何年会っていないことか。

この方ともおつきあいが不思議な物で、お母さんの塾に自分が通っていたことから始まり、逆に自分が教える立場になりと。

そんなわけで自分が家庭教師をやらせていただいたことがありますが、栃木県立高校から早稲田大学に入学しました。(自分は中学校から同級生相手に塾やら家庭教師をしていますが、たいてい教え子の方が教えた方よりいいところに受かっています。いいのか悪いのか。)

これだけでもすごいことでありますが、ここからがすごい。留学志望がありましたが、親から自腹で行きなさいと言われ、本当に稼いでしまう。バイト10個掛け持ちで280万を貯め、欧米の大学は9月入学ですから、それに間に合うように前期の時点で卒論も書いてしまい早稲田大学を卒業できるようにして、海外にわたったと。

お金の足りない分は奨学金をいただいたそうですが、イギリスの大学も無事終えて、日系企業に就職されたそうです。(その就労ビザ申請のため、一度帰国していたそうです。)

自分の勉強が辛いと言っている学生や、バイトと勉強を両立できない人、お金がないからあきらめる人は何なんだろうと思ってしまいます。(自分で言っていて、かなり耳が痛いです。)できない、できるわけがないと言っている人が多い中、できている人が身近にいました。要するに気力の問題なのだと実感しました。自分も見習わなければいけません。(関連:2007/03/07 留学

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008年11月11日 (火)

インターネット教育

「プロフ」で売春誘う書き込み 少女のケータイ「援交」急増 @niftyニュース

「プロフ」の何が問題か @niftyニュース

このタイトルだけみると、プロフはいけない。未成年にはインターネットがだめだと過激なことを言いそうな方がいそうですが、今回はそういう話をしたいわけではありません。

最近感じるのは学校教育の問題は親がわからないテクノロジーとどう関わるかと言うことだと思います。(正確には教育側だってわかっていないかもしれません。)

実際自分が十数年前インターネットの前進パソコン通信を始めたいと言ったときに、親にそれは詐欺じゃないのか。大丈夫なのかとさんざん心配された物です。今でこそ親もその便利さに気づいていますが・・・。そのときどれだけ理解してもらうのが大変だったことか。(納得してもらったと言うより半ば自腹で強引に入れたという方が正しいですが。だって実際に理解されているのが最近と言うことは、10年近くかからなければ本当に理解はされないわけですから。今だってどこまで理解しているのかも怪しい。)

インターネットは今晩のおかずでも、あの芸能人の噂でも、気になるユースもすぐに検索でき、今や生活の一部といえるくらい便利な物です。しかしその反面危ない部分もあります。

インターネットが危ないそもそもの原因はお互いの関係性がいまいちわからないような(逆に詳しい人からすればよくわかってしまう)ことだということです。顔が見えない分、言いやすい反面何を言ってもいいわけではない。バーチャルといっても完全に現実から分離しているわけではありませんから。あなたがそのパソコンまたは携帯電話でアクセスしている記録は残っていますし、情報は瞬時に世界に配信され、しかもその内容は自分のサイトを消せばすむ話ではありません。(関連:2007/12/19 すごい訪問者が・・・

だから対策としては「プロフ」の何が問題かをみればわかりますが、 教育が必要なんだと思います。そういう際に学校という機関はもってこいです。子供は強制にしてもいいですが、親も自由参加できるようにして、子供と同時に親を教育すべきです。人間わからないことは恐怖なので認めたくない物なのですから。教育といっても一方的に専門家が話すだけではなく、気兼ねなく参加者相互に理解を深めあえる場が必要なんだと思います。

もっと言えば何も学校で専門家を呼んでやることはないのです。知っている人が知らない人に教えればそれですむ話ですが、特定の会場を設けてわざわざ来ていることに意味があるのです。(それだけ目的意識が高くなるわけですから。)

個人的には新しいテクノロジーには全てこのように勉強する場が必要なんだと思います。聞きたいけど今更聞けないことっていっぱいあるんじゃないでしょうか。企業もそういう活動をCSRとして行うべきです。今までのようにただ売れればいいという時代ではなくなってきているのですから。

別に専門家を養えと言っているのではありません。だから難しいことはいらないけれど、自動車を乗るには教習所に行って免許が必要なように、いろいろ知識を持っておくことが重要なのです。そうすれば危険なことがあっても危険だと気づける、もしくは危険だと教えてくれる人がそばにいればそれでいいわけですから。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2008年10月 7日 (火)

悠久の時間

またも内山先生にお会いしてきました。(関連:2008/08/11 山奥での体験)今回は三人委員会哲学塾ネットワーク事務局長のご紹介で片品村で語る! 尾瀬の時間・・・、地域の時間というイベントを聞きに。事務局長とみえだの関係はもともと内山先生との接点をお作りいただいた方です。(ちなみにタイトルは大熊先生の言葉です。)

毎度内山先生のお話は聞いて良かったと思うようなお話です。体調が悪く途中帰ろうかと思っておりましたが、最後までいて良かったです。

また詳しいことは折を見て記載しますが、簡単に言いますと全3日の行程で一日目は片品村の方による暮らしでのご苦労と片品村の変遷(観光地化と尾瀬の自然保護など)、地域教育などをお聞きしました。特に有限会社尾瀬ドーフ の社長さんの言葉は深かった。「仕事には失敗したが、人生には失敗していない。」(これだけで一つ記事をあとで作ります。それくらいよい話でした。)

二日目は上野村シンポジウム同様にテーマを紙に書いて記載する形でした。こちらでは経済学者より詳しいドルの疲弊のお話が内山先生からあり、それをきっかけとして議論が進み、いかに地域を活性化させるか、日本の良き物を取り戻すという話でした。鬼頭先生は上野村の時はもっと都市の考えを発表されていたので、そういう方なのだと思っておりましたが、実は全然違って地域を大事にされている方だったのに気づかされました。

三日目は、司会の方が二日目に所用で帰られてしまったため、急遽みえだが司会をさせていただけることになりました。足りない点が多くに司会が仕切ると言うより皆さんが手助けしていただけるような形でした。(つたない司会の様子片品村観光協会公式ブログ にありました。一番前で立っているのが片品村教育委員会教育長、左から順にみえだ、鬼頭先生、内山先生、大熊先生です。意外に貴重な写真ですが、著作権がないので外部リンクにしています。)

会場としては上野村の方がみえだは幸せになれました。考えてみれば上野村は内山村であり、村の宝のお客様として招かれているのですからよけいかもしれません。

討論としては上野村より深い内容が話ができた分、片品村の方が好きです。

しかしいつも思うのは、こういうすばらしい話も受け止め側にそれだけの能力がなければ全く通じない話になってしまうということです。私の友人なども紹介はしておりますが、こんなすばらしい話が聞けないのはもったいないなと思っています。

ただあのコミュニティーは20~30人という数がちょうど良く限界かもしれませんので、みえだが新たに伝承をしていく必要があるのかもしれません。すっかりお三方の信者になった一人として。

宿が「山どん」さんだったのですが、そこの主人がまたぎ(狩人)で普段は聞けないような面白い話が盛りだくさんでした。

 また、終了後は突然のわがままにも関わらず片品村観光協会の方より尾瀬について(受付では死んだようだった方の生き生きとした)ご説明をうかがい自然の豊かさを改めて実感することができました。(みえだ写真集に観光協会とほぼ同じ角度の写真あり。)しかも雨がやみ、後光が差し・夕日が雲に反射してそれはそれはきれいでした。(実は雨上がりに晴れると会社帰りでも車を止めてみたくなるほどのきれいさが広がっています。でも携帯電話しか持っていないので、付属のおもちゃカメラではよくわからないかもしれません。関連:携帯写真館)調子が悪いのを途中で帰らず無理してでも参加できて本当によかった。と満足した気分で帰って参りました。

 現実に戻り町を見渡せば、社会システムに流された人たちと都市(が田舎を支えるのではなく、パラサイトしていると言うことを隠し)虚構を相変わらず張張するメディア。人々はただ従っているだけなのに、実は間違った物に従っていた。この虚構が崩れたら人々はどうするのだろうか。と思ってしまいます。

そんなわけでとても一度では書ききれませんので、しばらくは本件の連載記事を書いていこうと思っています。

みえだぶろぐメディア関連記事

関連:2007年1月24日 マスコミ
2007年1月26日 ライブドア livedoor事件
2007年3月30日 続・納豆と不二家
2007年6月9日 GOOD_WILL
2007年6月25日 温泉爆発?牛肉偽装?eco?
2007年11月27日 最近のマスコミは軽薄だな
2008年1月30日 なぜ日本人は反中デモを起こさないのか

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008年8月15日 (金)

sabaさんへ

コメント ありがとうございます。みえだです。コメント欄に記載しようかと思っていましたが、長くなりましたので、またみえだぶろぐの他の閲覧者の方に読んでいただきたく、本文に書くことにいたしました。

自分はきっとsabaさんとは分かり合えるような気がします。

ただどうも勘違いをされているようなので、訂正をしておきます。自分は何も体験談で成功談がいいと言いたいのではありません。むしろ失敗の中にこそ自分が学ぶべきことは多いのでは無かろうかと言いたいのです。もっと裏側の泥臭い話を社会人は学生さんにすべきであり学生さんは知らなければならないと思います。(大学生は小中高生と違いただ学業をやればいいだけの存在から、社会へと出て行かなければならないわけですから。)

しかしながらそういう話を学生さんにしたとしても、おそらく響かないと思いますし学生さんも求めていないことでしょう。やはり経験がなければ共感できないところはあるのではないでしょうか。そういう意味でも経験というのは重要だと思います。なかなか自分の苦労談というのは話したくないものです。そこにノウハウがありますし、日本人は得てしてそういうところは見せないものだという文化の民族ですから。

例えばお米を茶碗一杯でも得るためには、田を耕し、水を張り、田植え、収穫、乾燥、脱穀、包装、流通とそのプロセスは知っているかと思いますが、そこにはどれだけの筋肉・神経を使い、雑草を取り、毎日のように田んぼを見つめ状態を確認し、台風が来れば走って命がけで治水を行い、動物を追い払ったり様々な苦労が伴うものです。しかしそういうことは軽視され、消費者は自分目線で価格を決めたがる。自分で明日から米を作れと言われたらおそらく多くの方はできませんが、そういう感謝を忘れている。買える物は買えばいいではなく、自分ができないからその対価としてお金を支払う。そこには感謝の念が必要だということをつい私たちは忘れているのではないでしょうか。

これは絶対に学校では学べないことの一つだと思います。学外で行われたシンポジウムなのだからこそ私はそういう話に触れてもよかったのではないかと考えているだけです。みえだの勝手な思い違いかもしれませんが、学生やこの程度のレベルの人たちならと高尚な話をしなくても十分だと話をされているように見受けられる発言者の方もいらっしゃったように感じました。つまりみなさんはその程度のレベルだと思われているわけです。それが一部の学生さんから出された世代間ギャップのような話になる気がしますが、社会にそうとられているなら仕方ないではなく、そこから皆さんが私はこれだけのことをしていると自信を持てって主張できるかが重要なのかと思います。

会ってしまえばすぐに分かり合っていただけると思いますが、バーチャルなのでなかなか難しいかもしれません。じゃあおまえはできているのかと言われれば、自分はできているつもりになっているだけで他者の評価はまちまちだと思います。ただ、私は他人にどういわれても信念を持ち行動し続けていきたいと思っているだけのことです。だからといってsabaさんに強制するつもりはありません。みえだはそう信じていると言うだけです。これがいい悪いではなく、sabaさんのブログにあるとおり、他者を認められるかが重要なのであり、そういうことができるsabaさんはやはりすばらしい方なんだと思います。みえだの学生時代なら真っ向から否定する意見をぶつけていることでしょう。是非とも今後のご活躍を期待するばかりです。

ながい話になり誠に申し訳ありません。いつもお読みいただきありがとうございます。本当はみえだぶろぐの中でもこういう話は何度かふれておりご紹介したいところではございますが、そこはまた私が暇を見つけないとできないことですのでご了承ください。
三枝 孝裕(みえだ たかひろ)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年8月12日 (火)

お金=悪?

自分が参加者だとなかなか客観視という物ができなくて困ります。上野村シンポジウムを若干振り返って気になることを記載します。

参加していた学生さん(一部←TBをいただいたので表記)は、どうもお金=悪という図式を描いているようですが、それは違う気がします。あくまでもお金は手段であるので、それが善悪につながることはないような気がします。貨幣とはよくできたシステムです。なぜならお金を使わず物々交換を等という話もありましたが、それは大変なことです。確かにあるコミュニティーにおいてはそれが成立できるかもしれません。しかし物々交換の大変さ、まず1つ目はそれぞれの物品に対して個別に価値を定めなければならないと言うことです。例えば米の価格として、金なら何g、野菜なら何個、労働なら何時間といったように。個数が増えればそれだけで大変な作業です。

また、もう一つの問題はこちらの方が重要なのですが、相手が自分の物をほしい場合は価格が決められますが、自分がもっている物を相手がほしくない場合は入手できないということです。この話は特に自分が新しいテクノロジーしか持っていない場合にはかなり大きく影響してくると思います。
例えばあなたが米がほしかったとして、自分は材木しか持っていなかったが、相手が鉄を要求したら交渉は決裂することになります。もしくはあなたは材木を鉄に変え、それで米をもらう必要が出てきます。これには(直接米をもらう場合に比べて)結構な労力と大きな交換手数料が必要になってきます。それにあなたがパソコンしか持っていないとして、その価値をわからない人では適正な価格かどうかも怪しくなってきます。あなたには米1俵分の価値があると思っていても、向こうは米1粒ぶんの価値もないと思うかもしれません。なにしろパソコンという物を知らないのですから。

そういう意味で共通の価値観である「お金」に換算することで交渉が容易になるわけです。原価20円の紙切れではありますが、それには金何g分の価値があるなどと国家が保証することで成り立つシステムです。つまりローカルマネーを成立させるためには、やはり誰かがそのお金は日本銀行券でいくら分の価値があると保証する必要があるということです。

そこでパネラーから多く意見が出されたのが、お金が問題になるのは、その価値が適正かどうかということです。安い高いではなく価値があるのか無いのか。価値がないと思わないからお金を払いたくないわけです。また、お金では計れない価値がありこれをどう扱っていくかが問題ということも共通の認識でした。これを間違えてお金がたくさんあることがいい悪いではないのです。

みえだは勝ち組負け組というくくりは好きではありませんが、標題にあげられておりましたので、少しふれようと思います。三枝が思うにですが、「自分が不幸な理由を他に求める人が負け組」。「自分が幸せだと思える人が勝ち組」だと思います。

立場や経験が変われば発言もかわってきます。今はこんなことを書いていますが、観客側や学生側にいたら批判していたかもしれません。現に学生時代はもっと人を傷つけるような意見をしていました。だから学生さんの言わんとすることも共感できます。しかし社会に出て思いますが、学生というのがいかに保護された空間であったかと。確かに学業(テクノロジー)は日進月歩であり大変かもしれません。しかし最低でも衣食住は保証され、学業だけしていればすむのですから、やはり楽な物です。経験に勝る勉強はなしです。

本題に戻りますが、みえだは相手の土俵で戦いたくないなら、自分の得意なことで優位に立てばいいと思います。相手に合わせようとするからつらいのですから、相手に勝ることだけで勝負をすればいいのです。相手の土俵で戦わないのですから、努力もすることはないですし、楽ちんな物です。しかし相手に対し文句を言ってはいけません。なにしろ同じ土俵で戦っていないのですから、相手とは平行な関係です。交わることがないのに文句だけ交わらせようとすることが大きな間違いなのです。相手に文句を言いたいなら、相手の立場に立ち同じ土俵で戦わなければいけません。さもなければ何事もすべて自分で行うべきです。文句とはあなたの敗北表明です。

究極を言えば人は自分の幸せの為に生きています。お金を稼ぎたい人、出世したい人、何もしたくない人、ボランティアをしたい人もみんな結局それをすることで自分が幸せになるからしているのです。

ただし最終的には我々は自然の一部なのだから自然に反することは長続きしません。他と自の境界をきちんと認識できることがパネラーから多く意見が出された多様性なんだとみえだは思います。

今日は安全祈り23年目慰霊登山=遺族や社長ら-日航機墜落事故 ということで上野村の皆さんはお忙しかったそうですが、数日前にもかかわらずシンポジウムでは大変よく準備がされており、感銘を受けました。何度感謝しても感謝しきれません。

毎度毎度長いブログですみません。最後までお読みいただきました皆様にも感謝です。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008年8月11日 (月)

山奥での体験

よばれると立場を考えずほいほいついて行ってしまう物で、またも「第1回新たな多数派をめざす上野村シンポジウム」なるイベントに参加させていただきました。

行きの車内では山道でくねくねだし、後ろからあおられるし、しかもダム横で高さがあって怖いしと思いながら走って、なんかこんな思いをしてまで行くことはないのではないだろうか、でもここまで来てしまうと帰るに帰れないしなどとちょっとネガティブになりながらもやってきたのですが、大きな間違いだったと思い知らされました。

みえだは観客のつもりでいったのですが、まさか話をしなければいけない立場になるとは。周りは偉い人ばかりだったのに恐縮です。そもそも不慣れなのでちゃんと自分の言いたいことが伝わっているかも不安です。

しかし大変有意義なシンポジウムでした。普段みえだは口ばかりで対したことはしていませんが、他の皆さんは実際に活動している方ばかりですから、やはり発言の重さが違う。そして何より(皆さん初対面で打ち合わせもしていないにもかかわらず)表現方法が違うだけで必然として本質的な考え方は同じなのだと実感しました。ある意味ではこうやって日本をよくしたいと思う人は少数派であり、端から見れば「へんな人」の集まりであるこの集団を通じて、社会が「幸せ」を再認識できたらと願うばかりです。

なにより村民を挙げての歓迎をしてくださり「おもてなしの心」がすばらしかった。村の人からするとこんな村にある当たり前の物でいいのかと思う気持ちもあったようですが、かえってそれが私たちを幸せにさせてくれました。海もない群馬県で「マグロ」など出されたら幻滅していたことでしょう。私たちは自然の中で当たり前に存在していますが、当たり前に活かされていることの大切さ、ありがたさを実感できました。

また、宿泊先は民家だったのですが、生の声を聞くことができ村の良さを知るきっかけになったと思います。そもそもみえだは出不精で正直こんな山奥などきたこともありませんから。今回のイベントは立教大学の内山教授の呼びかけに賛同した有志が募ったわけですが、内山先生が初めて村にきた頃には変わった人だと思ったそうです。村の方にはぜひともその方のすばらしさを再認識していただきたい物です。偉い人を連れてきたのはわかるがそれがどんな偉い人なのかよくわかっていらっしゃらないのではないでしょうから。私は内山先生と前回とかちローカルサミットでお会いした程度で関係は薄いのですが、本当に内山先生の偉大さを実感いたしました。

そしてオプションツアーで山登りをさせていただいたのですが、地元の方(おてんまの会というそうです)が同行していただきいろいろご解説をいただきました。おかげで充実した時をさらに満喫することができました。強制参加ではなかったので、また山登りという肉体的な負担を強いるイベントであり、余り参加者がいなかったのですが、参加しなかった方はもったいないなと思います。でもおかげで少人数だったからこそ楽しめたと言うことは確かかもしれません。(修行僧が登頂していた山とのことで、いささか神秘的でもあり、携帯も通じず頼れるのは己のみという環境の中、不自由さを感じることで、悟りを開ける気持ちが少しわかった気がします。あれをヘリコプターで上れば感動はなかったことでしょう。)
みえだはおかげさまで教育関係の知り合いが多く、そういうイベントにも多く出させていただいているのですが、教育現場でも自然教育の大切さは十分わかっているが、それを教えられる教師がいないとどこぞやの教育委員会の偉い方がおっしゃっていたと記憶しています。そういう意味でもああいう自然と共生している方たちは重要だというのに膝元の群馬県内ですら活用されていないのはとても残念です。
大学卒業すれば速教師はよくない。何年か社会経験が必要だとおっしゃっていましたが、まさにその通りです。みえだはさらに官庁も民間経験は必要だと思います。

いい方はそんなところですが、気になったところをいくつかあげると、まず学生さんが結構多くきていたのですが、ちょっと学生さんの尺度では測りきれなかったようです。皆さん同じ意見ばかりでおもしろくないような感想があげられましたが、そうではなく日本(もっと小さく地域でもかまいませんが)をよくしたいと思えば必然と意見が同じになってしまうのであり、そういう共通意識を持つことが一番重要なのです。
自分は体験してみないとわからないことというのはたくさんあると思います。若いときの苦労は買ってでもしろと言うくらいですので、そういう意味でも学生ではわからないことが社会に出たときに、あの発言の真意はこういうことなのかと再認識してもらえたらいいですね。本当は大人も子供も関係なく、もっと生きるための苦労をすべきだと思います。お金を得るための苦労ではなく、あくまでもお金・物は手段だと言うことをつい忘れがちです。(最低でもあの場にきた時点で問題意識を持っているレベルの高い学生なのは確かです。)

もう一つは上野村はもっと東京(都市という意味ではなく人のいるところ)と外交すべきだなと言うことです。村に自信があるので、今の状態でも不満を持っていらっしゃらないようですが、よさをアピールしなければ、良さが伝わるまでには相当の時間を要してしまいます。だからといって政治家頼みにするのではなく、志を高く持ちこのままではいかんと思うその気持ちが人を動かすのです。そしてよい心の共鳴が広がれば必ず社会はよい方向に向かっていきます。そもそもこのイベントすらローカルのテレビだけしか発信しないのはもったいない。自分でビデオをもらいインターネット配信しようと思うくらいの物です。

本当に感謝でいっぱいです。ありがとうございました。
幸せな気分で帰ってきたので、珍しくやんわりコメントです。本当はもっと話したいこともありますが、それは直接聞いていただけるとありがたいです。

みえだ写真集に関連写真あり。

| | コメント (2) | トラックバック (1)