カテゴリー「上野村」の10件の記事

2013年11月24日 (日)

人口減少問題と上野村(中央公論を読んで)

本を読んで感想をかけという宿題をもらったので、やることにします。ついでに忙しくて全く触っていなかったブログも一年ぶりくらいに更新します。

少子化問題により地方はなくなるというテーマである。うんいい本だったでは芸がないので、少し深く考察したい。

結論から言ってしまえばこの問題の答えは上野村にある。

まずはっきりさせておくが、自分は限界集落という言葉は大嫌いだ。それは集落だけが限界なのではなく、都市の略奪による拡大再生産の仕組みが限界なのであって、都市を棚に上げて集落だけを限界とすべきではないと考えている。限界集落と表記するなら限界都市と記載すべきである。

ちなみに途中から評論家の論争を読んでも仕方ないと思って全部は読んでいない。東大卒のエリートすら簡単な計算も出来ないと言っているかれらですら机上の空論になっていて現場を知らない。

師の言葉を借りれば「社会システムそのものが疲弊している」ということである。つまり疲弊したシステムの中に身を置いている限りそのシステムを批判してもそのシステムの範疇でしかない。だから今の社会システムを維持させながら、人口論を語るならナンセンスである。

改めて上野村の話に戻ろう。上野村は人口1400人程の小さな村である。注目すべきは人口はやや減少しているが横ばいですんでいるてんだ。これにはIターンというよそ者が大きく関わってくる。人口の約2割に迫る勢いで定住している。実際収入は減るわけでどこに魅力があるのか。

確かに定住するものだけではなくと離脱していくものも多い。この違いは、何かと言えば地域行事に参加するかどうかだ。自分も家を借りた時の条件が地域行事への参加であったが、最初は騙されたと思うほどに地域行事が多い。しかし参加しているうちにだんだん楽しくなり、今では大変この地域に越してきたことを感謝している。

上野村の場合急峻な山の中に集落があり、10年くらい前にトンネルが出来るまでは陸の孤島に近い状態だった。それ故助け合いが生きるために必要不可欠であり、その文化が色濃く残る事が幸いした。
どんなに優秀な人でもそうでないとしても、人区としては一人として必要にされるわけである。人間関係が色濃いだけに面倒もあるが、それを超える楽しさもちゃんとある。

先に評論家の論争をくだらないと感じたのはここである。医療制度などは表面的な事象に過ぎない。そんなこといくらやっても本質的には何も解決しない。本質的問題は人が人として必要とされないからである。必要とされないから、子供を産んだって、将来を悲観してしまう事になる。SFではないが学校でSEXの授業を取り入れ、手厚く出産保証をしたとしても何の解決にもならない。

人が人として生きられる幸せはまだ地方には残っているが、国家という視点しか持たない官僚や大企業が先導している限り何も変わらない。

中核市には悪いが中核市は必要ない。グローバル化で国家という定義が曖昧になっている中ですでに中核市ができることと言ったら、地方再生の一時的防衛くらいしかない。その間に地方を再生させていくのだ。


だからと言って地方に東京に略奪された人を全て戻せばいいわけではない。大切なのは、適切な数だ。上野村で言えば、どんなに上野村が素晴らしいとしても一万人都市にはなれないし、なっては行けない。上野村だと今は少し人口が足りないと感じるので適正規模は師匠が言っている2000から3000くらいだろう。

そういう形で各都市に適正規模がある。大合併で市に昇格したところなどはもう一度解体して適正規模に戻すべきだ。

先日Facebookには書いたが、地方と都市の問題は宇宙に似ている。ビッグバンによる集約。そして分散。その後生命が誕生し、多様化していく。今人の社会では集約がようやく終わりを迎えそうなので、次は発散である。進化の過程において、新たな個体が生まれた時、既存生物の抵抗に会う。しかし優秀な個体が生き残れるのである。生物は環境により進化するる。まさに我々はチャンスに立っているといえる。人間が人間として思考出来ることが限界に来ているから、人間が作り出した社会システムも限界に来ているのだ。今一度人間が生物の一部たることを思い出せば、社会システムの問題に解決策を見出すことができるはずだ。

上野村という素晴らしい環境に出会えたことに感謝。先人たちが切り開き生活できることに感謝。そして黒澤丈夫氏が40年という長きに渡り思想信条を持って村政を行ってきた事に感謝。現神田強平村長に仕事をいただき生活できる事に感謝。地域行事に誘ってもらえる事に感謝。
日々感謝が出来ることは本当にありがたい。

上野村の方には自分たちが最先端である誇りを持っていただきたい。
くだらない中央集権論などに振り回されないよう身を挺して守りたい場所である。

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2012年11月26日 (月)

【イベント情報】第5回上野村シンポジウム申し込み

 上野村に移住してちょうど一年が経ちました。今日は雪でも降るんじゃないかと思うほど寒い我が家です。おかげさまで村民の皆様のご支援をいただき幸せに暮らしております。

 さて、例年上野村で開催され、私が移住するきっかけになりました「新たなる多数派の形成を目指す上野村シンポジウム」が本年度も2月2日(土)、3日(日)で開催されます。

 なお、今年は趣向を変えて、初日は全員で集まりません。内山節先生もどこにいるか当日の気分次第とのこと。上野村をご満喫いただいた上で、翌日それを持ち寄る予定です。
また、ちょうど節分であり、乃久里神社(のぐり)の節分祭がありますので、お時間に余裕のある方は是非ご参加ください。

 パンフレットなど詳細はこちらから。

http://otenma.exblog.jp/

シンポジウムに来られない方はネットでも二日目の全体会を配信予定ですからご覧ください。
でもバーチャルでは一番楽しい村民との交流はできません。

Stream videos at Ustream

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2012年11月18日 (日)

【イベント情報】上野村在住の哲学者 内山 節さん と一緒に お正月用お餅つき大会

上野村在住の哲学者 内山 節さん と一緒に お正月用のお餅をつこう! !
昔ながらの杵と臼でお餅をついて本物のお餅でお正月を迎えよう!!

集合場所・時間:三岐学生の家10 時集合
            (お車はしおじの湯に駐車して下さい。)
          10 時半 餅つき開始 15 時頃終了予定
雨天決行

先 着:餅30 枚分(1枚あたり餅米2升使用)
要予約:12 月17 日(月)締切

昼食は地元料理(つきたてのお餅、あったかい豚汁など)を味わっていただき
食後は秘湯“しおじの湯” で入浴をお楽しみください。

参加費(当日集金)  ※ 小学生未満無料
  村外 1 人 1,500 円 (昼食料、しおじの湯入浴料、保険料、消費税込み)
  村民 1 人 500 円 (昼食料、保険料、消費税込み)
  お持帰りの餅1 枚につき 2,500 円(1 枚あたり餅米2 升使用)
  ※上野村民の方は、餅米の持込みも可能です。
   その場合、餅米を磨いで水に浸したものをお持ち下さい。(2升単位でお願いします) 餅代は値引きさせていただきます。

今年もやります! 上野村のケーキパーティ
餅つき後に持寄りのケーキパーティを開催します! !

今年はクリスマスイブということで、忘年会を兼ねてケーキパーティを開
催します。村内のお菓子づくりが得意なみなさんがケーキを持寄ります。
差入れも大歓迎です。 参加ご希望の方は、お申込の際にお伝えください。
参加費500 円 18 時終了予定

12 月23 日(日)、24 日(月)に宿泊をご希望の方はご相談ください。
村内の民宿、ホテルなどをご案内いたします。

内山 節(うちやま たかし)プロフィール
1950 年東京生まれ。哲学者。1970 年代に入った頃から、東京と群馬県の山村・上野村との二重生活をしている。著書に『「里」という思想』『怯えの時代』『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』『戦争という仕事』『清浄なる精神』『共同体の基礎理論』など多数。NPO 法人・森づくりフォーラム代表理事など。上野村では畑を耕し、森を歩き、自然と親しみながら暮らしている。

主催:上野村、おてんまの会(上野村のボランティア団体)
お問合せ・お申込み 上野村 森の体験館(産業情報センター)まで
TEL 0274-20-7072 FAX 0274-59-2520

2012mochituki

餅つきは練りが7割、つきが3割ということで、ベテランさんの餅つきをご参考になさってください。

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2012年11月14日 (水)

豊かな上野村生活

昨年11月17日に住民票を移し、29日に引っ越ししてきましたので、もうすぐ上野村に来てから一年経とうとしています。

この間いろいろありました。来て早々テントウ虫とカメムシラッシュで二階中が埋め尽くされ、気温はマイナス十度以下。屋内水道管の破裂。二月の凍結による断水と。これだけなら上野村生活をあきらめたかもしれません。

自然は厳しかったわけですが、人は温たかった。水道が破裂したといえば駆けつけてくれるご近所。畑を作ってくださる大家さん。留守には畑を管理してくださるお隣さん。いろいろと良くしてくれる八百屋さんを始め皆様のお世話になっているおかげで生きていられます。

都市にいるとお金だけで関係が割りきれるのですが、上野村は違います。野菜をもらってお金を払ったら、たぶん次からもらえないでしょう。こちらは御礼のつもりなわけですが、「こっちがくれたいからやっているのに、金をくれるとは何事だ」と逆に怒られてしまいます。お金が関係性を割り切るためのツールであることを実感します。

また、ある時は鍵の閉じ込みをしてしまい、ご近所山の世話になったのですが、往復で一時間以上仕事の手を止めさせてしまったにもかかわらず、「困ったときはお互い様なんだから気にするな。変に気を使うと次からやってやらないぞ。」と優しく言ってもらえました。本当にありがたく感謝の日々です。

春になるとこんなに人が来るんだと驚きもしました。そしてお祭りやら町内の集まりやら消防団やら、青年団やらにも参加させていただき、毎週何らかのかたちで飲み会だった気がします。細かい話は20120731上野村生活を振り返ってにもいくつか書いてあります。

ただし、都市の人がいわゆる静かな生活をしたくてくるには向いていないかもしれません。関係性を楽しめない人には居心地の悪いところだと思います。村民は確かに優しいけど、自分から心を開こうとしなければ、村人も心を開きません。関係性がなければ生きていけない土地ですから。

上野村に初めてきたのは5年前。上野村シンポジウムがきっかけでした。そのご内山節先生を追いかけているうちに上野村を気に入りついに居着くようになりました。(関連:内山哲学カテゴリー

急斜面の山の中なので、本当に先人たちが苦労して作ってきた財産であることを実感する日々です。こういう財産は受け継がなければいけません。

しかしご縁とは不思議な物です。大家さんと東京で会っていたけれどもお互い全く知らずに家を借りることになります。しかも大家さんの親戚を私も知っていて・・・。その方に知り合ったのもまた偶然。偶然が重なり必然的に上野村にいる気がします。

自分の人生何度か収入が一度0にリセットされてきました。リセットする度に次は出世するのですが、ここ上野村で成功し定住していきたい物です。

纏まらない話になってしまいましたが、ツイッターを始めると、頭を使わなくていい簡単さから、あればかりになってしまいます。社会がお金で割り切る短絡的な構造になりつつある昨今。楽をしたいという欲求ばかりが取りだたされ、大事なことが忘れられてしまいます。人間は人間という関係性の中でしか生きられないのに、どうするんだろうと思ってしまいます。自分はこの関係性あふれる上野村にいるから関係ないというわけにはいきません。関係ないというのであれば都会の人と同じになってしまうわけですから。

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2012年7月31日 (火)

上野村生活を振り返って

筑波の学生にIターンの調査を頼まれたので、せっかくだからアップしてみます。

 上野村に引っ越して来たのが2011年11月29日。半年以上が経過しました。上野村は本当にいいところです。ツイッターでは流していますが、少し上野村生活を振り返ってみたいと思います。
 来た経緯は第1回の上野村シンポジウムでお話を聞くつもりが、パネリストとして参加させていただくというハプニングからです。そもそも群馬県民ではありませんから、西毛の上野村は知りませんでした。1回目の民泊で上野村の皆さんの暖かさにふれ、2回3回とくるうちに、気に入り定住を決意したと言うこともあります。
 家を借りられたのも偶然で、シンポジウムで知り合った役場の方に村営住宅のお願いをしていましたが、村営住宅は一杯で順番待ちでした。そこへ大家さんが別の方が借りるのになおした家がちょうど開いており、お借りすることができました。
 来たころはまだ肌寒いという程度で住みましたが、年を越すと外気温がマイナス10℃、断熱材が少ない家なので、家の中も似たような気温という日々が続き、春が待ち遠しかった気がします。
 回りの皆さんが、「おい、いるきゃぁ。」と声をかけていただいたおかげで、天神講や、どんどん焼きなど地域のイベントにも参加させていただけるようになりました。(さすがに突然ドアが開くとびっくりしますが。)暖かくなるとほとんど毎週日曜日はなんかのイベントで、地区対抗ソフトボール大会、バレーボール大会、かじかの里サマーフェスティバル、地区の清掃など、そしてその後のお楽しみ、懇親会。(我々の地区、野栗はどちらかというとこっちがメインです。)今週の日曜日は落ち着いていられるというような日がなかなかありません。
 最初はそんなにも時間を拘束されるのは大変と思っていましたが、出てみるとこれが楽しい。そんなこんなで青年団や消防団にも参加させていただくことになりました。消防団などは異例で通常、1年以内は出て行ってしまう可能性が高いので、1年は様子を見るそうですが、春の入団をお許しいただきました。
 上野村に来て思うのは、都会の人が思い浮かべる田舎の風景ではあるけれども、その生活はそうではない。上野村は地域により文化が違います。野栗地区は比較的Iターンなどで外の人が入ってきている実績があるので、外の人にも寛容というか消防団などはIターンなしでは維持できないので、ようやく認めてきたところがあります。あまりIターンが入っていない地区ではよそ者はよそ者。しかし地域の人のつながりは強いので、地区対抗イベントなどは本気で練習し優勝を目指す。また、別の地区ではイベントも本気だが、前夜祭、懇親会と飲み会がダブルでセットなどなど。村営住宅が密集するエリアでは、地域のイベントに参加しなくてもまわりがあきらめているけど、ここ野栗地区はでは事情がない限りは許されません。
 それでも自分はここ、野栗地区が好きですね。まわりの方もいい方ですし。畑を作っていただき、ジャガイモを植えていただき、畑の管理までしていただける。何かの時にはお裾分けも届く。まだ、真新しいと言うこともありますが、気に懸けていただけることがありがたいですね。
 上野村はいい人が多いし、自然も豊か。歩いていれば声をかけられ、何かもらえる。これは間違っていません。確かに関係性のある人はそう。ここで生まれればその瞬間から親、祖父母・・・と歴史がある。そこには受け継げる関係性があります。しかしIターンなど関係性がない人は、自ら積極的に声をかけて関係性を築くしかありません。地域のイベントなどに参加しない人はせっかく上野村に住んでいるのに、自然だけしか見ず一見で帰ってしまうようなキャンプ客と一緒でもったいないです。上野村は人材が財産なのですから。認めてもらいたいなら、まず自分が他人を認める必要があります。
 今でこそ前々村長の黒澤丈夫村長が定住者対策として雇用と住居を提供してきた政策が実り、村の維持にIターンが貢献できるようになってきたわけです。最初に入ってきた方は苦労したと思います。関係性の強い中に異物が入るわけですから。しかしそういう方たちの努力があるからこそ、今私たちが個々にいられることもまた事実であり、感謝です。
 師内山節先生曰く「上野村だって人口は常に流動的。嫁というかたちで外からの人は入ってきている。」まさにそうで、たまたま今はIターンというかたちでもてはやされていますが、上野村だって完全な地元民ばかりで構成されているわけではない。数代さかのぼれば外からの血が入っている。場合によればそこまでたどれないかもしれない。外から人が来ることで村民は外部の情報を知ることや、その友人、家族など新しい関係性ができていきます。
 上野村は昔、本当に陸の孤島でした。前群馬県知事小寺弘之氏の大盤振る舞いで、トンネルが抜けたりして外への買い物も楽になりました。それでも最寄りのコンビニまで片道30分、ホームセンターまで1時間かかります。だから、中央集権型都市に浸食されず、文化が残っていてすばらしいところです。お祭りなどは単なるお祭りではありません。後輩の指導を通じて、自治を学ぶ場でもあります。そして地域内で調達することで、地域の商店にもお金が落ちます。地域の商店ばかりが儲かるわけではなく、地域の商店は寄付というかたちでお金を供出するので、地域内でお金の循環する好循環型社会になっています。トンネルは便利かもしれませんが、地域からお金と人を流出させる原因にもなります。
 上野村の外にでたい人も仕事さえあれば、戻ってきたいと考えている人は多くいます。上野村は今環境が整っているので、実際にはやりたい放題なのですが、なかなか企業までする人がいないのも事実。人に勝てるほど上手であればどの商売でも成り立つのですから。親も上野村から出したところはあります。本当はIターンよりUターンにがんばってもらいたいというのが人情ですから。
 纏まらない話になってしまいましたが、上野村いいところです。関係性が嫌いな人には周りが干渉的だと思われるかもしれませんが、人間は関係性の中でしか生きられない生き物なのですから、こんないいところが残り、またそこに住めることに感謝です。

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2012年5月 8日 (火)

ローカルとグローバルとファシズム

 どうも皆さんお久しぶりです。ブログも書かなければいけないと思っていたところにお師匠さんから「ローカリズム言論」をいただきネタができたので書き始めます。

 今自分は群馬県上野村に越してきたわけですが、本当にすばらしいところです。水道管が破裂すればご近所が駆けつけて壁まで壊して直してくださり、下界に出かけている間に大家さんが庭に畑を作ってくださり、そこにはお隣さんがジャガイモを植えてくださる。そして米を買いに行けば、タケノコご飯をもらってくるなど、あげたらきりがありません。

 確かに最寄りのコンビニまで30分、冬季には気温がマイナス10℃だったりと、自然環境は厳しいこともありますが、だからこそ春の喜びがわかったりします。

 自分はずっと科学(化学)系にいたわけですが、(かがり火 144号参照)自分が求める問い「人はどうやったら幸せに生きることができるか」には全く役に立たないというのが勉強すればするほどわかりました。確かに原子力発電所の仕組みやデジタル回路の制御などは理解できます。でもそれは村にいると本当に何の役にも立たないことを思い知らされます。

 上野村は下の村ではないので山の中です。そうすると外にいる人はのどかな山間の風景を思い浮かべると思いますが、確かに見た目にはそうです。でも実際には違います。上野村の春は短いので、草木は一生懸命花を咲かせ、蜂は花々を飛び回り蜜を集め、ありも食料を貯め、鳥はさえずり相手を探し繁殖するのに忙しい。村人も祭りや農作業などに忙しいのです。暇なのは畑の知識も野草の知識もないので何の役にも立たず、ただそれを見つめるしかできない自分と観光客くらいのものです。

 蜂などを見ると都会の人は危ないとも思われるかもしれませんが、この時期は蜜を集めることに忙しいので、人間と戯れるような暇な蜂はいません。刺されたとすればよほど人間の側がちょっかいを出したので、じゃまにされたからでしょう。

 上野村は国家戦略の中で、田舎=遅れたところとされてきました。実際、そう未だに思っているご年配も多い。でも実は逆です。上野村は最先端を守り抜いてきたのです。国家にあらがったからこそ、今、山歩きツアーなどができるのです。そういう先人たちの苦労に感謝し、活かされていることを実感します。

 国が田舎を遅れた所としようとしたのには訳があります。一部の権力者が完全に統治できる国家つまり中央集権国家を作るために、田舎から都市へ人を集める必要がありました。当然国に頼らなくてもそこだけで生活が完結してしまう田舎の存在は目障りです。国家の管理下にすべてを治めたいが故、田舎より都市の方がすばらしいという幻想を抱かせ、田舎を否定し続けてきました。

 そんな支配者たち思いが功を奏し、今は国に頼らなければ何もできないうんざりとした都市ばかりになってしまいました。自分は今まで下界にいたわけですが、知れば知るほどこのままでは「都市が崩壊する。共倒れになる」と感じ、たまたま知り合った上野村に避難してきたわけです。本当に上野村はいいところですが、それだけに都市との共倒れだけはなんとしても回避しなければなりません。

 一時期、お金さえあれば何でもできると言っていた人がテレビに良く出ていましたが、それは国家が通貨を保証するという前提に成り立っています。国家が破綻すれば通貨はただの紙切れでしかありません。そうなっても上野村を始め、過疎地は生きていけるでしょう。しかし国家はそれを許さない。自分たちだけが豊かに生きていることをメディアを駆使して、全力で否定してきます。田舎が遅れた所でそんなところに住むのは野蛮だぐらいのステレオタイプでは許さないでしょう。幸い上野村は内山節派が応援に来てくれるので、理論武装できるから対抗できますが、他の地域は自立できる能力があったのに共倒れにさせられる危険があります。

 本来はこういうことを食い止めるために政治家がいるはずなのですが、皆さん学校で優秀に勉強をされてきたので、国家の洗脳の延長線上にいます。日本で地域のことを考えていた政治家は田中角栄くらいのものでしょう。賛否両論あると思いますが、それだけの仕事をしたのですから、それなりの対価を受け取る権利はあると思います。群馬なんか4人も総理大臣がでているのに、高速道路にしても新幹線にしても新潟のおまけで通っているようなものです。政治家の皆さんが思っている俺が国家を良くすると言うことが幻想なのです。「俺が」と思っているといつの間にか権力者によって支配されてしまいます。

 実際、自分も専門家であれと教育されてきました。だから学位が大切だと思ってきました。大卒で終わってしまったことにコンプレックスがあります。これだけ内山先生の話を聞いていれば論文出して博士もらえるのではないかと思っていました。最近ようやく実はそれは本質からはずれていることに気がつかされました。博士を取ることが目的になってしまっていて、本当は師匠の話を聞いて自分が何を考え行動するかの方が大切なわけです。

 この(権力者の暴走の)流れにあらがうにはどうしたらいいのかずっと考えていました。お師匠さんの本や説法を直接伺いながら思うのは、抗ってはいけないのです。大切なのは違いを許容すること。相手と自分は違う。まして自然は思い通りにならない。自然を制御できないのと同じように、人間だって完全には統治できません。我々は常に関係性の中で活かされています。関係性を意識した社会においてはすべての答えがおのずから導かれます。

 上野村の財産は「人」である。本当に観光だけで帰ってしまう人がもったいないと思います。今のうちから関係性を結んでおかないと、共倒れになってしまいます。

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2012年2月22日 (水)

もったいない上野村

実は今月の頭に書こうと思って投稿に失敗したので、それっきりになっていた記事です。

上野村に来て早くも3ヶ月が経とうとしています。この間に少し村を見て回らせていただきましたが、上野村は能力があるのにほとんど使っておらずもったいないなぁと思ってしまいます。

いくつかもったいない物をあげてみようと思います。

  1. Iターンの使い方
    多くの方は上野村を気に入ってきているので、上野村の良さを知っているはず・・・
  2. 未だに都市にあこがれがある
    じつは上野村が最先端。都市は今や崩壊寸前。いかに地方から搾取するかを考え、地方に虚栄を見せつけるかにしか感心がない
  3. 成功するまでやらない
    もう少し努力すれば、成果が得られるのに途中で投げ出してしまい結局失敗する
  4. 観光客向けを意識しすぎる
    村民が楽しくないところには、観光客も来ません
  5. 箱より人へお金をかける時代
    人材育成のため、外へ出したほうがいいですね
  6. ○○がないからできない、から会話が始まってしまう
    できないを肯定すると、できない理由(言い訳)を考えてしまいます。できることを組み合わせて、どうやったらゴールにたどり着くかを考えた方がいいです
  7. 横の連携が弱い
    もう少し連携が必要だと思います。一つのイベントをやるにしても、もっといい物になるはずです。例えばしおじの湯で冬至のゆず湯をするなら、冬至だけでなく近隣の土日までやれば、餅つきで来た観光客やシンポジウムパネリストも満足して帰るわけですし。
  8. うえのテレビを過信しすぎる
    確かにケーブルテレビはいいメディアですが、自分でやるのと見るだけではおもしろさも違います

などなど。先日上野村商工会で講演された木村乃さんがおっしゃったとおり、中から見るだけではいいことが自然すぎてわからないと思いますが、外からの風が結構入ってきているのですから、うまく使った方がいいですね。

例えば自分をうまく使うならおいしいご飯を与えれば簡単に落ちます。そうすればghostwriteは得意なので勝手に企画書なり、積算書なり作り始めるので、それを自分の手柄にしたらいいと思います。

自分は基本的に楽しく生きたいだけなんですけど、自分が幸せであるためには、周りも幸せにある必要があります。今は一人なのでご飯が毎日食べられるならそれでもかまわないのですが、あんまり無料で受け続けると大家さんに家賃払えなくなるので、全部はできません。

あんまり自分PRをしても仕方がないので、具体的に改善事例を一つ挙げましょうか。
今上野村のキノコは紀伊国屋さんを始め都内でも販売が始まっています。さらに東京青果市場(大田市場)までイノブタと神流川などがかかれたデコトラが走っています。デコトラが東京まで行っているのですから、そして先日せっかく上野村のテーマソングを作ったのですから、8時から20時までは、これを流した方がいいですね。

まず、音で人の関心を引き、そして画像を飛び込ませる。ちょっとしたことかもしれませんが、変えようという心が大切だと思います。

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自己紹介

上野村に来てもうすぐ3ヶ月が経ちます。あいつは何者ぞと思われているようなので、少し自己紹介をしておきます。(気になるなら遊びに来ていただきたいところですが、自宅にいないことが多く申し訳ないです。)

三枝孝裕(みえだ たかひろ)

昭和56年4月14日 栃木県佐野市生まれ 30歳 O型

学歴:佐野市立界小学校、佐野市立南中学校、私立國學院大學栃木高等学校、国立群馬大学工学部応用化学・材料工学科

職歴:基本的に自由人、売れるより配る方が多い物書き、群馬県庁の外郭団体で脱臭装置の開発、群馬大学工学部非常勤講師、製麺業(家業)の3代目など何が本業かいまいちわからず。皆さんにお世話になりながら仕事をしています。

仕事への姿勢:おいしい物をもらえるとがんばります。

上野村にきたきっかけ:第1回新たなる多数派の形成をめざす上野村シンポジウムを気に入って。

得意分野:専門でなくても何でもやります。自分のペースでできる仕事は得意です。
苦手分野:できないことはできるようにしますので仕事の不得手はありません。群れること、お掃除は苦手です。

好きな食べ物:甘い物。
嫌いな食べ物:トマト、漬け物、臭いのきつい野菜

プライベートの活動:基本的に寝ています。たまに師匠内山節先生のおっかけをします。

まあ、こんなところです。

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2012年1月31日 (火)

【イベント情報+UST】第4回新たなる多数派の形成をめざす上野村シンポジウム

東日本大震災から未来へ
-培ってきたものの再評価、新しいものの創造-

 東日本大震災から一年近くがたつ2012年2月4日と5日、これからの社会をどのようにつくっていったらよいのかを、群馬県の山村、上野村から提案する全国シンポジウムを私たちは開催します。今回の震災をどのように教訓化したらよいのか。復興のためにどんな行動をし、日本の社会をどうつくりかえていけばよいのか。自然や人のつながり、地域の文化を大事にしながら生きてきた上野村の地こそが、未来を語る最適地であることを確信しながら、全国の多くの人たちと議論できる場を私たちは創造します。
分科会テーマ

パネルディスカッション・コーディネーター
  内山 節(哲学者)

  • 新しい産業は懐かしさから
      吉澤 保幸(場所文化フォーラム代表幹事)
  • 上野村は行動する!
      神田 強平(上野村村長)
  • 地域文化が未来を作る
      田中 幹夫(富山県南砺市市長)
  • エネルギーを自分の手に
      鈴木 悌介(鈴廣かまぼこ株式会社副社長)
  • 環境と向き合う視座
      篠上 雄彦(新日本製鐵株式会社環境部)
  • 集いが地域を作る
      本木 陽一(高崎CIP)
  • からだという自然に学ぶ
      山上亮(野口整体・整体ボディワーカー)
  • 原発事故と向き合う
      芳賀 智美(福島県自然食レストラン「銀河のほとり」)
  • 自然から価値をつくる
      高橋 隆(神流町「田舎暮らし体験処 木古里」)
  • 都市と農山村の垣根をはずす
      黒澤 美穂(上野村yotacco)
  • その他パネリスト
      木内 孝(株式会社イースクエア)
      神津 多可思(リコー経済社会研究所)

2月4日(土)

13:00 開会
      「上野村の、旧きゆかしき婚礼の儀」上映
13:15 パネルディスカッション
      各分科会パネリスト
      コーディネーター 内山 節
15:15 休憩
15:30 分科会
17:30 分科会終了
      ホテル・ヴィラせせらぎへ移動
      自由時間
19:00 懇親会
  ヴィラせせらぎ河原にてどんどん焼き
21:00 懇親会終了

2月5日(日)

 9:00 分科会報告・全体討論
11:50 全体討論終了
12:00 閉会
13:00 おまけ(希望者)
      「上野村村長さんと座談会」
      まだまだ話し足りない人、村長さんとじっくりお話ししたい人、上野村の今後が気になる人は村長さんとざっくばらんに話をしてみましょう!!

上野村公式Youtubeチャンネル
http://www.youtube.com/user/UenoVillageOfficial/

会場:上野村小学校音楽室
懇親会会場:ホテルヴィラせせらぎ
宿泊先:ホテルヴィラせせらぎ他
参加費:無料(宿泊、懇親会は別料金)
申込先:上野村役場企画財政課 TEL:0274-59-2111 FAX:0274-59-2470

どんどん焼きで、天神待ちの夜ごはん!

上野村の伝統文化に触れよう。
2月4日の懇親会では、「どんどん焼き」を体験しながら、今はなくなってしまった「天神待ち」という行事の際の食事を再現します。
上野村の文化に触れながら地元の食材にこだわったおごっつぉを楽しみましょう。

どんどん焼きってナニ??

 道祖神信仰のある上野村では、小正月に道祖神焼き祭り、どんどん焼きが行われています。道祖神はムラの入口や境に祭られていて、ムラの外から遅いくる疫神悪霊などをムラ境や峠、橋のたもとなどで防ぎ、守る神と信じられています。
 どんどん焼きでは、正月飾りや達磨、書き初めなども燃やします。また米粉で作った「繭玉」を枝に刺してあぶって食べます。「どんどん焼きの煙に当たると風邪を引かない」「繭玉を食べると身体が丈夫になる」「書き初めをくべて高く上がると書の腕が上がる」などと言われています。

天神待ちってナニ??

 1月24日が天神待ち、25日が天神講です。子供たちが米を持ち寄って近所の家に泊まります。宿の家で天神待ちをするのは、米だけの飯は物日でなければ食べられない時代にあっては子供にとって楽しい行事でした。醤油飯や缶詰飯、うさぎ飯などと、福神漬けか生姜くらいのおかずで食べました。食事の後、奉納天満天神宮と一点一画ずつ代わる代わる唐紙に書き、翌朝早く唐紙を天神様にあげに行きました。この日は夜更かしも許され、夜遅くまでトランプやかるた、双六、とっこ等で楽しい時を過ごしました。

当日は4日と5日の全体会のみ以下のUstreamで生中継します。

http://www.ustream.tv/channel/10296071

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2012年1月30日 (月)

上野村シンポジウムにあわせて

 第1回の上野村シンポジウムで上野村を気に入りこのたび運良く住宅にも恵まれ上野村住民となりましたみえだです。2週間前に掲載したはずが、掲載されていなかったようなので、再度投稿します。
上野村住民になりましたので、今回はシンポジウムを主催者サイドとして関わらせていただいております。(協賛団体であるの新たなる多数派の形成を目指す100人委員会関係者でもあります。)

 主催者サイドになってみますと当たり前の物を表現するのは意外と大変だと思うところです。おてんまの会の皆さんがいかに上野村のお祭りを再現し参加者の皆さんと共有するかを考えてくださっていますのでお楽しみに。

 日が沈むと気温がマイナスになりますので、暖かい格好でお越しください。自家用車の方はチェーンかスタッドレスタイヤをご用意いただいた方が安心です。

 以前前日準備の件をご連絡差し上げましたが、午前中からとなりましたので、もしご都合がつく方がいらっしゃれば夜まではしゃいでいたい物であります。

 さて、前置きが長くなってしまいましたが、たまには意見を述べさせていただこうと思います。以下主催者としてではなく、個人的な意見です。

 今私たちは時代の変換機にたっている。3.11以前果たして誰が日本の原発がこんな事態を引き起こすことを想像できただろうか。そして時代は急速に原発反対に梶を切ることになる。しかし原発はいけないと言っている者、かくいう私も電力会社の電気を使い生活をしている。それは間接的にも既存のシステムを肯定することである。既存の社会システムで暮らしている者に今の社会システムを批判することが果たして許されるのであろうか。
 今社会システムを批判することが許される者、それは自然を守り育ててきた人だ。この人たちは都市の搾取に抵抗してきた。その人たちが必死に耐え、自然を守ってきていただいたからこそ、今私たちは空気を吸い、水を飲むことができる。しかし都市はその恩義を忘れ、自分たちの社会システムがいかに偉大であるかという幻想を見せ、それでも従わなければ遅れた土地だとののしってきた。
 原発や電力会社を批判しても何もならない。我々はそれをエネルギーとして選択して生きてきたのだから。都市の再生のためにはその土台となっている地方を再生することが最も重要であり、上物の都市だけを直そうとしても何も解決できない。今我々にできることは過去の過ちを認め、謝罪することに他ならない。謝罪なくして先に進むことは許されていないのである。
 私はテクノロジーが社会を良くすると信じ、その発展のために勉強し、仕事をしてきた。しかし今、人智を越えたテクノロジーは生活を良くするどころか、生命を危険にさらしてしまっている。これには一人の技術者として本当に申し訳ないと思う。
 新たなる多数派の思想の形成を目指す300人委員会は内山節先生の設立趣意書にあるとおり、「等身大の世界に戻る。等身大の世界をつなぐ。そのことによって生命の活動が感じられる世界をつくりなおす。私たちはこのことから出発し直さなければならないような気がします。」「それぞれの時空で活動し、その成果を持ち合い、学び合い、再びそれぞれの時空で活動する。そんな結びあう場でありたいと思っています。システムに振り回されない世界を広げていくことが、私たちの目標です。」ことを掲げている。
 この共有の場が上野村で開催できると言うことは、都市へのあこがれがあり自分たちに劣等感を感じている方もいますが、上野村の能力の高さを物語っている。何もこれは上野村に限ったことではない。日本中の農漁山村には、それぞれが生きる力を持っている。この生きる力を失う前に、自然を守り育ててきた掛け替えのない人たちが幸せに生きることに、村民、参加者それぞれの皆様のお力添えを賜りたく、ここにお願い申し上げるものであります。

三枝孝裕

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