カテゴリー「内山哲学」の35件の記事

2013年2月 8日 (金)

【イベント情報】山梨三人委員会哲学塾

今更ですが、2月8日から10日まで

昨年までの群馬県片品村(尾瀬)から会場を山梨県(清里)に移し、内山節先生、大熊節先生、鬼頭秀一先生の三人委員会哲学塾を開催いたします。

三人委員会哲学塾は「そもそも思想はローカルである。」を原点に、静岡県掛川市で1997年に開催以来、長野県飯山市、群馬県片品村とバトンを繋いできました。
その間、私たちを取り巻く情勢は大きく変化しており、哲学塾においても毎年、様々なテーマで議論を重ねてきました。三人委員会での議論の目的は、ローカルな場を原点に「結論を出すことではなく、議論を深め理解し合うこと」です。
特に、ここ数年、真に時代の大きな転換期に直面している中で、本年からは議論の場所を山梨・清里に移し、哲学塾の原点に立ち戻り、延々と議論していきたいと考えます。

テーマ:ローカルな思想の存在価値は変化したのか!

そして大好きなUstreamで生中継予定です。


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2012年11月26日 (月)

【イベント情報】第5回上野村シンポジウム申し込み

 上野村に移住してちょうど一年が経ちました。今日は雪でも降るんじゃないかと思うほど寒い我が家です。おかげさまで村民の皆様のご支援をいただき幸せに暮らしております。

 さて、例年上野村で開催され、私が移住するきっかけになりました「新たなる多数派の形成を目指す上野村シンポジウム」が本年度も2月2日(土)、3日(日)で開催されます。

 なお、今年は趣向を変えて、初日は全員で集まりません。内山節先生もどこにいるか当日の気分次第とのこと。上野村をご満喫いただいた上で、翌日それを持ち寄る予定です。
また、ちょうど節分であり、乃久里神社(のぐり)の節分祭がありますので、お時間に余裕のある方は是非ご参加ください。

 パンフレットなど詳細はこちらから。

http://otenma.exblog.jp/

シンポジウムに来られない方はネットでも二日目の全体会を配信予定ですからご覧ください。
でもバーチャルでは一番楽しい村民との交流はできません。

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2012年11月18日 (日)

【イベント情報】上野村在住の哲学者 内山 節さん と一緒に お正月用お餅つき大会

上野村在住の哲学者 内山 節さん と一緒に お正月用のお餅をつこう! !
昔ながらの杵と臼でお餅をついて本物のお餅でお正月を迎えよう!!

集合場所・時間:三岐学生の家10 時集合
            (お車はしおじの湯に駐車して下さい。)
          10 時半 餅つき開始 15 時頃終了予定
雨天決行

先 着:餅30 枚分(1枚あたり餅米2升使用)
要予約:12 月17 日(月)締切

昼食は地元料理(つきたてのお餅、あったかい豚汁など)を味わっていただき
食後は秘湯“しおじの湯” で入浴をお楽しみください。

参加費(当日集金)  ※ 小学生未満無料
  村外 1 人 1,500 円 (昼食料、しおじの湯入浴料、保険料、消費税込み)
  村民 1 人 500 円 (昼食料、保険料、消費税込み)
  お持帰りの餅1 枚につき 2,500 円(1 枚あたり餅米2 升使用)
  ※上野村民の方は、餅米の持込みも可能です。
   その場合、餅米を磨いで水に浸したものをお持ち下さい。(2升単位でお願いします) 餅代は値引きさせていただきます。

今年もやります! 上野村のケーキパーティ
餅つき後に持寄りのケーキパーティを開催します! !

今年はクリスマスイブということで、忘年会を兼ねてケーキパーティを開
催します。村内のお菓子づくりが得意なみなさんがケーキを持寄ります。
差入れも大歓迎です。 参加ご希望の方は、お申込の際にお伝えください。
参加費500 円 18 時終了予定

12 月23 日(日)、24 日(月)に宿泊をご希望の方はご相談ください。
村内の民宿、ホテルなどをご案内いたします。

内山 節(うちやま たかし)プロフィール
1950 年東京生まれ。哲学者。1970 年代に入った頃から、東京と群馬県の山村・上野村との二重生活をしている。著書に『「里」という思想』『怯えの時代』『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』『戦争という仕事』『清浄なる精神』『共同体の基礎理論』など多数。NPO 法人・森づくりフォーラム代表理事など。上野村では畑を耕し、森を歩き、自然と親しみながら暮らしている。

主催:上野村、おてんまの会(上野村のボランティア団体)
お問合せ・お申込み 上野村 森の体験館(産業情報センター)まで
TEL 0274-20-7072 FAX 0274-59-2520

2012mochituki

餅つきは練りが7割、つきが3割ということで、ベテランさんの餅つきをご参考になさってください。

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2012年6月10日 (日)

2012年 の・ような哲学塾(三人委員会哲学塾東京分校)

内山節先生を追いかけて上野村へ。しかし内山先生とは村内で二回くらいしかお会いしたことがなく・・・。そんなわけで昨日も追いかけて赤羽へ。前半は事務局でばたばたしていまして、メモを取っておりませんでしたが、例によってみえだめもです。

3.11以降を生きる
新しい価値の創造と共有

共同体は経済でつながっていた。今だと面倒な人間づきあいを我慢してまでつながる必要があるのかとなってしまう。不利益が有益が上回ってしまうので、だから今はやめてしまう。市場が広がっている。いろいろな結びつき、消費者と生産者、流通などを持ちながら復興していかなければならない。

地元金融機関とうまくつきあっていく。例えば私たちが募金で一億円を集めたとしても、それは1件にしか渡せない。でもこれを原資として金融機関で借りると10億円になる。つまり1億円が10件融資できることになる。さらにここで消費者と生産者がつながっていることがわかると、焦げ付きにくいので貸し出しやすくなる。そして募金を出した人はもともと寄付であげるつもりだったのだから、戻ってくればうれしい。お金が返ってきたことではなく、それだけ復興できたことがうれしい。それにたとえ焦げ付いて戻ってこなかったとしても、元々あげたものなのだから。復興をやっていこうとすると関係性が大切。

デパートに「幸せに帰ろう」とブータンのポスターが貼ってある。幸せを「取り戻す」のでも、「作る」のでもなく、「帰ろう」なのである。これはコピーライターが考えた者だろうが、デパートとしては消費を拡大してくれなければ困る。僕が中学生のころウエストサイドストーリーが流行った。ダウンタウンの高速やビル街。当時の人々をびっくりさせた。日本は遅れている。ああなりたいと思う人が増えた。しかし、今やブータンの写真を使っている。我々はそれに何かを感じても、新しい価値の想像はできない。我々の生活はいっこうに変わらない。

なぜか。

価値の交換は旧来型だからである。いくら頭の中を変えても現実の生活は違う。例えば銀行にお金を預ける。消えたら怒る。一方で震災復興のお金は戻らなくても怒らない。価値の創造のためには価値交換が必要。僕はいったことがないからよくわからないけど、ブータンがすばらしいと言ってもせいぜい観光で行くくらい。戻ってくれば同じ生活になる。

市場がからむと商品の交換になる。個々の価値交換を始めるが、しかし人々が手間を交換し会う。生産から流通するまでには多くの手間が必要。生産する人の手間、自然がはぐくむ手間、収穫する手間、流通する手間など。

他人の手間をいただいて私たちは生きている。いただいた手間に対する御礼が必要。上野村ならたいてい「ありがとう」ですむ。こういうときは、こういう御礼ということが何となく決まっている。こういうときは一升瓶を持っていくなど。御礼もすぐにしたら失礼になる。こういうときは御礼をお金で払うというものもある。それはその人にしかできない仕事による技術。

ある時自分では切れない木を切ってもらったことがある。特殊伐採で家の隙間に切り倒してもらうような技術だ。東京であれば30万円くらいかかる。しかし村の人に聞いたらそれは1日6000円だというので、3日分18000円だけ払った。当然一日の労働賃から見れば安い。みんなができることはありがとうですむ。御礼がその労働にふさわしいかどうかはわからない。村の中で循環させる。私が一人5万円払ってしまうと値段が上がってしまう。誰かが値段をつり上げると頼めない人が出てくる。手間に対する御礼であって、普通に働けばもっともらえる。

原発の安全神話が崩れたという人がいる。本当に安全だと思っていた人がいるのか。私もそうだが、変わったことがある。原発には元々賛成はしていなかったけれど、遠くにあるというイメージがあった。事故が起きてみたら自分の住む横にあった。

イデオロギーは資本主義ではなく、イメージなのではないか。経済発展なくして日本の将来はないのか。それはその人たちのイメージ。経済発展しなくても社会を作っていくことはできる。

昨年の節電キャンペーンや計画停電でも特に不便はなかった。僕が住んでいるのはビル街で、クーラーの廃熱がかえって町を暑くしている。それがないぶんかえって涼しかったのでよかったのではないか。

関西電力も電力が足りなくなる可能性がある程度。原発を稼働しなくてもTVをみんなが切れば乗り切れる。最近のテレビは省電力化したと言っても、その分大型化し電気を消費している。だから電力が足りなくなったらみんなでテレビを消せばいい。それに新聞社がやっているのだから、高校野球を8月2日くらいに少し遅くしたらいい。高校生の体にとっても暑い中やらせるのは良くない。ようはイメージの問題。

最近は建築学会とも仲良くしている。もともとは敵のような団体だ。1959年に木造建築をなくす採択をした。たてるとしても太い筋交いや鉄筋などで今のように補強しなければならない。それが今になって少しは変わってくるようになった。

当時は建築家の作品を作っていた。しかし作品づくりではいけない。地域や風土、コミュニティーと共にある建物。コミュニティーは変わる。それに合わせて変動する建物。コミュニティーのないところではどうするかが今の課題となっている。

鉄とコンクリートとガラスが建築を飛躍させた。昔だって窓などガラスを使っていたりしたが、今は壁としてもガラスを使っている。これが建築を荒廃させた。この使い方をどうするかになってしまっている。

支配してきたイメージをどうするか。政治、国家のイメージ。ケインズは資本主義を支持してきた。ケインズは国が経済をコントロールしなければならないと思っていたので、各国がこぞって取り入れた。80年代になるとケインズも古いと言われ、市場がすべてを管理するようになった。

貨幣価値の安定かがケインズの目的。だから国家の積極的な為替介入により、貨幣は安定化できる。資本主義には解決できない問題がある。資本主義というシステムが一番効率がいいから支持はするが、すべてが貨幣で交換されてしまう。貨幣が軸なので、人間たちは貨幣こそがすべてという社会を作ってしまう。これを「貨幣愛」と読んだが、そうなるとどうにもならないくらい退廃する。そして最後は社会が自滅する。投機に効果がないことを国家が為替介入などで担保する。貨幣愛の社会はいけない。

今はイメージ化された世界に我々は生きている。イメージを追いかける。だからイメージを支配してしまうことによって、人間も支配できる。でも経済ではイメージ戦略が通じなくなってきた。すべてのシステムを私たちは知っているわけではない。原発が30%で、それが稼働しなければ電力が足りないというイメージ。

老後というイメージ。それを管理する年金や保険といったシステム。僕は朝は二度寝してしまうと起きない人なので、朝テレビをつける。二度寝のじゃまになるように音がするために。そうすると健康食品のCMと保険のCMが多い。僕は保険には一切入っていないのだが、今は立教で共済はかけられているけど、20人の仲間が何かの時はお金を出す仕組みを作っておけばいい。例えばメンバーの誰かが入院したら1万円、重い病気なら10万円とすればすぐにお金が集まる。だいたい20万円あればどの病気でも大丈夫だし、一度に1万円が大変なら月千円ずつの積み立てだっていい。でもその信頼できる仲間ができない。

復興のためには違う社会の作り直しが必要。今何かできそうな気になっている。あちこちで動き出していて、ちょっと元気になっている。だから、震災関係の仕事は断らずにこなしている。

会場からは復興資金が集まりすぎてとまどってしまい、かえって使えなくなることや、変わらない私たちの生活をどうしたらいいかなどの質問がありました。→変える必要はない。変わることと変わらないこともある。情報をほしいなら、自分も情報を発信しなければならない。近所との何気ない会話で自分のことを説明するなど、日常から少しずつ情報を発信していくようにすればそれでよい。

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2012年5月 8日 (火)

ローカルとグローバルとファシズム

 どうも皆さんお久しぶりです。ブログも書かなければいけないと思っていたところにお師匠さんから「ローカリズム言論」をいただきネタができたので書き始めます。

 今自分は群馬県上野村に越してきたわけですが、本当にすばらしいところです。水道管が破裂すればご近所が駆けつけて壁まで壊して直してくださり、下界に出かけている間に大家さんが庭に畑を作ってくださり、そこにはお隣さんがジャガイモを植えてくださる。そして米を買いに行けば、タケノコご飯をもらってくるなど、あげたらきりがありません。

 確かに最寄りのコンビニまで30分、冬季には気温がマイナス10℃だったりと、自然環境は厳しいこともありますが、だからこそ春の喜びがわかったりします。

 自分はずっと科学(化学)系にいたわけですが、(かがり火 144号参照)自分が求める問い「人はどうやったら幸せに生きることができるか」には全く役に立たないというのが勉強すればするほどわかりました。確かに原子力発電所の仕組みやデジタル回路の制御などは理解できます。でもそれは村にいると本当に何の役にも立たないことを思い知らされます。

 上野村は下の村ではないので山の中です。そうすると外にいる人はのどかな山間の風景を思い浮かべると思いますが、確かに見た目にはそうです。でも実際には違います。上野村の春は短いので、草木は一生懸命花を咲かせ、蜂は花々を飛び回り蜜を集め、ありも食料を貯め、鳥はさえずり相手を探し繁殖するのに忙しい。村人も祭りや農作業などに忙しいのです。暇なのは畑の知識も野草の知識もないので何の役にも立たず、ただそれを見つめるしかできない自分と観光客くらいのものです。

 蜂などを見ると都会の人は危ないとも思われるかもしれませんが、この時期は蜜を集めることに忙しいので、人間と戯れるような暇な蜂はいません。刺されたとすればよほど人間の側がちょっかいを出したので、じゃまにされたからでしょう。

 上野村は国家戦略の中で、田舎=遅れたところとされてきました。実際、そう未だに思っているご年配も多い。でも実は逆です。上野村は最先端を守り抜いてきたのです。国家にあらがったからこそ、今、山歩きツアーなどができるのです。そういう先人たちの苦労に感謝し、活かされていることを実感します。

 国が田舎を遅れた所としようとしたのには訳があります。一部の権力者が完全に統治できる国家つまり中央集権国家を作るために、田舎から都市へ人を集める必要がありました。当然国に頼らなくてもそこだけで生活が完結してしまう田舎の存在は目障りです。国家の管理下にすべてを治めたいが故、田舎より都市の方がすばらしいという幻想を抱かせ、田舎を否定し続けてきました。

 そんな支配者たち思いが功を奏し、今は国に頼らなければ何もできないうんざりとした都市ばかりになってしまいました。自分は今まで下界にいたわけですが、知れば知るほどこのままでは「都市が崩壊する。共倒れになる」と感じ、たまたま知り合った上野村に避難してきたわけです。本当に上野村はいいところですが、それだけに都市との共倒れだけはなんとしても回避しなければなりません。

 一時期、お金さえあれば何でもできると言っていた人がテレビに良く出ていましたが、それは国家が通貨を保証するという前提に成り立っています。国家が破綻すれば通貨はただの紙切れでしかありません。そうなっても上野村を始め、過疎地は生きていけるでしょう。しかし国家はそれを許さない。自分たちだけが豊かに生きていることをメディアを駆使して、全力で否定してきます。田舎が遅れた所でそんなところに住むのは野蛮だぐらいのステレオタイプでは許さないでしょう。幸い上野村は内山節派が応援に来てくれるので、理論武装できるから対抗できますが、他の地域は自立できる能力があったのに共倒れにさせられる危険があります。

 本来はこういうことを食い止めるために政治家がいるはずなのですが、皆さん学校で優秀に勉強をされてきたので、国家の洗脳の延長線上にいます。日本で地域のことを考えていた政治家は田中角栄くらいのものでしょう。賛否両論あると思いますが、それだけの仕事をしたのですから、それなりの対価を受け取る権利はあると思います。群馬なんか4人も総理大臣がでているのに、高速道路にしても新幹線にしても新潟のおまけで通っているようなものです。政治家の皆さんが思っている俺が国家を良くすると言うことが幻想なのです。「俺が」と思っているといつの間にか権力者によって支配されてしまいます。

 実際、自分も専門家であれと教育されてきました。だから学位が大切だと思ってきました。大卒で終わってしまったことにコンプレックスがあります。これだけ内山先生の話を聞いていれば論文出して博士もらえるのではないかと思っていました。最近ようやく実はそれは本質からはずれていることに気がつかされました。博士を取ることが目的になってしまっていて、本当は師匠の話を聞いて自分が何を考え行動するかの方が大切なわけです。

 この(権力者の暴走の)流れにあらがうにはどうしたらいいのかずっと考えていました。お師匠さんの本や説法を直接伺いながら思うのは、抗ってはいけないのです。大切なのは違いを許容すること。相手と自分は違う。まして自然は思い通りにならない。自然を制御できないのと同じように、人間だって完全には統治できません。我々は常に関係性の中で活かされています。関係性を意識した社会においてはすべての答えがおのずから導かれます。

 上野村の財産は「人」である。本当に観光だけで帰ってしまう人がもったいないと思います。今のうちから関係性を結んでおかないと、共倒れになってしまいます。

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2012年1月31日 (火)

【イベント情報+UST】第4回新たなる多数派の形成をめざす上野村シンポジウム

東日本大震災から未来へ
-培ってきたものの再評価、新しいものの創造-

 東日本大震災から一年近くがたつ2012年2月4日と5日、これからの社会をどのようにつくっていったらよいのかを、群馬県の山村、上野村から提案する全国シンポジウムを私たちは開催します。今回の震災をどのように教訓化したらよいのか。復興のためにどんな行動をし、日本の社会をどうつくりかえていけばよいのか。自然や人のつながり、地域の文化を大事にしながら生きてきた上野村の地こそが、未来を語る最適地であることを確信しながら、全国の多くの人たちと議論できる場を私たちは創造します。
分科会テーマ

パネルディスカッション・コーディネーター
  内山 節(哲学者)

  • 新しい産業は懐かしさから
      吉澤 保幸(場所文化フォーラム代表幹事)
  • 上野村は行動する!
      神田 強平(上野村村長)
  • 地域文化が未来を作る
      田中 幹夫(富山県南砺市市長)
  • エネルギーを自分の手に
      鈴木 悌介(鈴廣かまぼこ株式会社副社長)
  • 環境と向き合う視座
      篠上 雄彦(新日本製鐵株式会社環境部)
  • 集いが地域を作る
      本木 陽一(高崎CIP)
  • からだという自然に学ぶ
      山上亮(野口整体・整体ボディワーカー)
  • 原発事故と向き合う
      芳賀 智美(福島県自然食レストラン「銀河のほとり」)
  • 自然から価値をつくる
      高橋 隆(神流町「田舎暮らし体験処 木古里」)
  • 都市と農山村の垣根をはずす
      黒澤 美穂(上野村yotacco)
  • その他パネリスト
      木内 孝(株式会社イースクエア)
      神津 多可思(リコー経済社会研究所)

2月4日(土)

13:00 開会
      「上野村の、旧きゆかしき婚礼の儀」上映
13:15 パネルディスカッション
      各分科会パネリスト
      コーディネーター 内山 節
15:15 休憩
15:30 分科会
17:30 分科会終了
      ホテル・ヴィラせせらぎへ移動
      自由時間
19:00 懇親会
  ヴィラせせらぎ河原にてどんどん焼き
21:00 懇親会終了

2月5日(日)

 9:00 分科会報告・全体討論
11:50 全体討論終了
12:00 閉会
13:00 おまけ(希望者)
      「上野村村長さんと座談会」
      まだまだ話し足りない人、村長さんとじっくりお話ししたい人、上野村の今後が気になる人は村長さんとざっくばらんに話をしてみましょう!!

上野村公式Youtubeチャンネル
http://www.youtube.com/user/UenoVillageOfficial/

会場:上野村小学校音楽室
懇親会会場:ホテルヴィラせせらぎ
宿泊先:ホテルヴィラせせらぎ他
参加費:無料(宿泊、懇親会は別料金)
申込先:上野村役場企画財政課 TEL:0274-59-2111 FAX:0274-59-2470

どんどん焼きで、天神待ちの夜ごはん!

上野村の伝統文化に触れよう。
2月4日の懇親会では、「どんどん焼き」を体験しながら、今はなくなってしまった「天神待ち」という行事の際の食事を再現します。
上野村の文化に触れながら地元の食材にこだわったおごっつぉを楽しみましょう。

どんどん焼きってナニ??

 道祖神信仰のある上野村では、小正月に道祖神焼き祭り、どんどん焼きが行われています。道祖神はムラの入口や境に祭られていて、ムラの外から遅いくる疫神悪霊などをムラ境や峠、橋のたもとなどで防ぎ、守る神と信じられています。
 どんどん焼きでは、正月飾りや達磨、書き初めなども燃やします。また米粉で作った「繭玉」を枝に刺してあぶって食べます。「どんどん焼きの煙に当たると風邪を引かない」「繭玉を食べると身体が丈夫になる」「書き初めをくべて高く上がると書の腕が上がる」などと言われています。

天神待ちってナニ??

 1月24日が天神待ち、25日が天神講です。子供たちが米を持ち寄って近所の家に泊まります。宿の家で天神待ちをするのは、米だけの飯は物日でなければ食べられない時代にあっては子供にとって楽しい行事でした。醤油飯や缶詰飯、うさぎ飯などと、福神漬けか生姜くらいのおかずで食べました。食事の後、奉納天満天神宮と一点一画ずつ代わる代わる唐紙に書き、翌朝早く唐紙を天神様にあげに行きました。この日は夜更かしも許され、夜遅くまでトランプやかるた、双六、とっこ等で楽しい時を過ごしました。

当日は4日と5日の全体会のみ以下のUstreamで生中継します。

http://www.ustream.tv/channel/10296071

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2011年8月 8日 (月)

お師匠さん:内山節先生の話は直接に限る。

内山哲学の神髄はここにはありません。なぜなら内山節の哲学を理解するには文章化された言葉だけではなく、身体性や霊性で感じる必要があるからです。言葉はその入り口を開けるモノにすぎません。内山哲学の神髄を味わうためには是非とも直接聞いていただきたいものです。入り口を広げることと、自分のまとめ、ブラッシュアップの意味もかねてみえだぶろぐには記載しているわけですが、是非とも肌で感じる感性を大事にしてもらいたいです。

内山哲学を聞いていると言葉がわいてくる不思議な感覚に襲われます。内山先生がいっている難しい単語が思い浮かんできます。単純に話を聞いているだけなのですから、同音異義語はたくさんあるし、別の単語でも意味が通じます。しかし先生はこの単語を使っているに違いないという単語がびしっと浮かんできます。それはきちんと自分のメモにもそう残してあります。自分が言葉に精通しているかどうかに関係なく。

言葉に語れないものを感じるために、内山先生を追いかけているのかもしれません。だから人間が見聞きできる範囲に調整され、それしか伝えることができないネット配信やテレビなどのメディアでは意味がないのです。(このあたりに関しては、内山先生が情報の補完能力について第三講でおっしゃっていますのでそちらを参考にしてください。自分も一生懸命ネット配信の方向性を模索していましたが、それでは補完されない情報がいっぱいあることに今更気がつかされました。)

内山哲学は入り口にすぎません。それをどう自分の中に取り入れていくかがもっとも大事な作業なのかもしれません。しかし、内山先生を追いかけ続けていると、いろいろな人にお会いできるのは確かですが、その根底にあるのは内山哲学なので、外部の刺激を常に受け続けないといけません。これが意外と大変で、居心地の悪いところにあえて入っていかなければいけないわけですから。

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農文協 読者のつどい2011 【哲学講座】 第四講

近代世界の限界という意識があった。経済発展と雇用が比例関係にない。高度経済成長期は比例関係を感じられた。仕事が大変になれば人が増え、人々は余裕を持って有意義な環境の中で仕事ができた。今日だと非正規雇用や、正規雇用であっても大変。余裕を持って有意義な仕事などできない。

今農文協に入る学生の話を聞いた。おじいちゃんおばあちゃんの話を給料もらって聞けるなんてラッキーといっていっていた。実際にはそんな甘い物じゃないにしても、意識が変わった。昔なら農村を伝える、農村を良くしたいなど使命感でやってきた。

江戸時代は封建主義といわれるが、あれは使い方を間違っている。本来は封地主義。土地を持って生きる、つまりその土地に固定されると言うことだ。ずっと暗い弾圧をする社会ではない。

昔は農村は送れていたところだと思っていた。しかし今は地域文化もいっぱい持っているいいところと見られている。しかし実際にはそんなに地域文化が残っているところは少ないわけだが。

目標を決めて、突っ走る途上国型は日本には会わない。途上国社会がある訳じゃない。そういうイメージがあるだけ。原発が安全だと同じ。ゴールを目指して人々を一つの目標に向かわせるのは独裁社会といえる。独裁者が独裁した訳じゃないけれど、他の価値を認めないというのは独裁。東京タワーは一つの転換期だった。世界一へのあこがれ。中国の新幹線が模造といわれているけど、日本だってパリのエッフェル塔をまねして世界一の東京タワーを作った。しかし今は何ができても吸引力がない。 made in JAPAN にこだわっても仕方がない。今製造業はブランドは日本でも製造は海外でやっている。

よくフランスに行くわけだが、フランスで高級な日本食をごちそうになったことがある。カリフォルニア米はなかなかおいしい。でも違う水で作られた食べ物正確には主食は合わない。風土にあったものが食べたい。しかしチーズなどの嗜好品はまだ海外の物の方がおいしい。いいものを食べたい。こういう場合に分けた使い方が先進国的社会である。

しかし政治は途上国型をやり続けた。国民の支持を今では得られない。マスコミや有識者は絶えず、国の指導力が足りないと途上国型をあおる。時代錯誤甚だしい。

戦後一番の失敗は自分のために生きることを教えたこと。戦時下、他者のために生きることが国のために生きることに一本化された。国のために生きたら大変なことになった。そこで自分のために生きることになった。自分のために生きることは社会システムに取り込まれていくということ。他者のために生きると、具体的に何をしたらいいかがよくわかる。自分のために生きることを生産し始めた。すでに一番苦しい時期、みんなが一つの目標に向かって突っ走る時代は終わった。

国の力をどうやって小さく移行していけるか。力を持つのは下の人たち。市町村だって復興のやり方はたくさんある。今なら復興支援に協力してくれる人がたくさんいるだろうに、国の支援待ち。途上国型でずっとやってきたから直らない。

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農文協 読者のつどい2011 【哲学講座】 第三講

ほとんどの人がテレビで現状を知った。そしてテレビは初めて津波を映像化した。世界中が日本特集になっていた。世界の人には日本沈没だと思っていた人もいる。日本がこんなに細長い国だと知らない人もいるから。あの映像というのはすごい情報量。ラジオや本だと大変。僕もテレビに何度か出たことがあるが、TVでは出ていましたねと言われて終わり。ラジオだと内容に関わることをいくらか覚えている。しかし人が一番覚えているのは文字。一番情報量が少ないにもかかわらず。

TVはまず結論を言う。後半は覚えていてもらえない。大量の情報を受けた結果、判断ができなくなる。情報が大切なのではなく、判断することが重要。だんだんに現実性さえ失っていく。そんなに大量に情報が必要なのか。ただ情報が入るだけになってしまう。

これはいろいろなところで起こる。学校で多数の問題が起こったとき、学校の先生より保護者の方が判断できる。学校は中にいるだけに情報を持ちすぎている。あの人とこの人の関係、親子関係など。外から見ている人はいくつかの情報の中で判断をしているから。

生情報を流し続けても判断できない。誰かがまとめておおざっぱにする必要がある。情報というのはきちっと伝わるのかという問題になる。専門家でないと判断できなくなる。しかし誰かの判断が入ると言うことは情報操作につながる。また専門家の判断ミスも入る。正確な情報は提供しようがない。

近代社会の約束事は意味がない。情報を大量に出せば市民が判断すると思っていた。情報化社会、情報開示が幸せにつながらない。身体性や霊性でも情報を得られないと正しい情報を得られない。

マスコミが真実を伝えられないという人ほど新聞を見ていない。週刊誌などを読んでそう思っただけ。自分で新聞を見て真実を伝えていないと分析した訳じゃない。

身体性をなくし、知性でしか得られない情報は判断できない。コミュニティーは身体性や関係性のある社会共同体、一つのまとまりではない。様々な共同体が積み上がって村という共同体をなしている。

一つのモノに統合されるとうっとうしくなる。重層的に重なっているうちは多少うっとうしくても我慢できない範囲じゃない。明治以降一つの共同体にまとめようとした。多層的コミュニティーであれば都市でも可能。外部とつながっていないと内部も強くなれない。

今は手作りの世界だけですべて完結しないのだから、外部とつながらなければいけない。今回一番良く動けたのは元々つながっていた人たち。例えば鈴廣さんは大きいかまぼこやだが、全国にある小さなかまぼこやさんとつながっていた。そこでそのネットワークを使って本当にほしい物を送れた。しかも市役所を通すと分配までに時間がかかるという情報を得て直接持っていった。他にも高崎のグループが高崎であらかじめ支援物資を仕分けして持っていくなどの動きもあった。こういう形であれば、現地に行かなくてもボランティアに参加できる。閉じたコミュニティーは広がりを持たない。どういう形でどう開くかが大切。ただ開いてお客さんを待っているだけでは仕方がない。

自分のために生きている人だと、震災に遭いこれからどうしていいのかわからなくなってしまった。他者のために生きる人は強い。何らかの形で子供でも奥さんでも町でも他者のためにという人はそれなりに行動ができた。若い人ならまだ自分のためにでも何とかなるがお年寄りはだめ。原発立地地域は保証待ちになってしまう。自分で行動する意識が薄くなる。

近代以前は他者から「働きかけられている」ことを意識した。近代以降は「働きかける」方を意識した。そうすると働きかけられていることが見えなくなってしまった。働きかけられていることを意識しているとそれに答えようと自分も働きかけるようになる。逆はできない。

災害時を意識してどういう形で自然を残すか。また農山村と都市はつながっていかなければならない。しっかり結ぶのもあれば緩やかに外部と結ぶものもある。今の課題は私たちはどういうシステムの中で生きていくかを考えることだろう。今のシステムの延長を考えていると年金などいろいろな不安がある。社会の形は一つである必要はない。

人間の価値に根拠を求めている限り価値はない。それは知性で考えている限り、無根拠であるということである。霊性や身体性でしか語れない価値がある。例えば夫婦仲がいいところは、その根拠を語れないところが多い。逆に容姿がきれいだ、料理がうまいなどの根拠をあげるとそれがなくなると価値を失ってしまう。よくわからないけど、いいというのが長続きする。すべての物に根拠があるという近代が作った神話を壊していかなければならない。

僕は最近修験道にこっているんだけど、修験道は六根清浄といって山を登る。六根とは六識のこと。眼識、鼻識、舌識、耳識、身識、意識(心)。私たちはこの六式を使っていろいろな情報を得ているが、すべてを知性に回していない。例えば目には映っているけど、意識しない物はたくさんある。五感というと知性に回して判断させている。

哲学は今まですべてを語ろうとしてきた。しかし語り得ない物が哲学である。

関係性を持つことは煩わしいからできないという人がいる。しかし現代社会は煩わしさの中で生きている。例えば会社で出世するためには上司にこびを売る、役所なんか行きたくもないと思うくらい手続きは煩雑だが、みんな受け入れている。知らないことが怖いだけ。

日本語は表意文字だから行間で語ることができる。

グループディスカッションは省略

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農文協 読者のつどい2011 【哲学講座】 第二講

危機とはシステム崩壊のこと。地震は古代から生活や労働システムが壊される。これは今日も同じ。今回の震災で東京のシステム崩壊は若干起きて終わった。鉄道が止まる。電気が足りなくなる。帰宅難民が一日でた。

東京で起こる予想の地震では公共システムも崩壊する。情報システムも壊れる。すべては電力システムの崩壊から始まり連鎖していく。土がない世界ではお手洗いが大変。関西の時は水、食料は2~3日ですぐに届いた。つまり2~3日分備蓄しておけば間に合うことになる。お手洗いは大変。僕は上野村があるから何とか交通手段を見つけて脱出すれば問題ない。最悪直線距離で100kmくらいだから何日か歩けばつくだろう。でも高層マンションや都会の公園ではそうはいかない。

自然が支援装置になっている。村人たちも助けてくれる。共同体と自然が護ってくれる。この二つがない都会でシステムの連鎖崩壊が起こったら大変なことになる。

共同体は人とのつながりだけではなく、自然とのつながり、技術もあった。今の社会は専門家でないと対応ができない。今回想定外という言葉がよく使われた。原発は最大80年くらい修理しながらも使える。80年もあるのであれば、大地震や戦争だってあるかもしれない。想定があることでシステムが作られる。すべては想定に基づいてシステムが設計されている。年金がピンチになっているのはシステムが想定と会わなくなってきているから。今までは右肩上がりで経済成長し、こんなに未納者が多くなるとは思っていなかった。システム設計値を作り直さなければいけない。個人でも同じでこれだけの収入があるからということで住宅ローンをくむ。農家がトラクターを買うのにお金を借りるのも同じ。会社がつぶれたりすれば、想定が変わり、システムが破綻する。

システムはそういうモノだとはっきり見た方がいい。すべては想定が会っての話。巨大システムになると専門家でしか動かせない。普通の人が排除される。専門外の人が入れないシステムでは、普通の人は受益者になるか、被害者になるしかない。(この部分を改良したら良く育つなど)干渉して良くしていくことなどはできない。この構造自体が危険なシステム。専門家たちが軸になるということは、専門家の視点からモノを考えられない偏った人たちが集まると言うことになる。すばらしい知見を持った人ではない。そういう発想でしかものを見られない。専門家は絶えずその視点で見る。農民だって農業という専門家だが、そこには共同体や自然などが入るので視点が広がる。違う世界の人といかにつきあうかが大切。今だと農民だって消費者とつきあっている。狭い範囲で語ると同じ意見が出てきて、専門家の暴走を生む。

危険とはどういう概念なのか。放射能とか化学物質とか。世界が危険というのは動物実験をしてガンが出るなどの症状が現れたモノを危険としている。それでいいのか。埼玉大学の食品添加物の研究をしている人。最初に危ないと言ったのは豆腐に入っているやる。我々が小さいころは豆腐はすぐに腐ったので、鍋を持ってその日のうちに買いに行った。しかしそれが日持ちするようになった。厚生省に危険だと申し出た。マウスに供与すると高い確率で胃ガンが発生した。しかしなかなか取り入れてもらえなかった。なぜならば流通にとっては画期的なことだから。今まではおいておけなかったモノが、長期に陳列できるわけだから。その後これに変わる添加物が開発されたことで、禁止になる。胃ガンは国民病だと言われた。それが禁止にされて胃ガンの発生率は欧米並みになった。

しかしその先生はそれを危険とは言っていない。危険とは人間の予測できないものだ。ネズミが死ぬようなモノは超危険物質だ。腐敗は死にも至るわけだが、ずっとつきあってきた。五感でわかる。まず、酸っぱい臭いがして、色が変わる、それでも判断できなければちょっとなめてみればわかる。だから危険とは言わない。最近では賞味期限がついて判断できない人が出てきたので、それは危険。

専門家といってもある角度からの専門家。安全だと判断されていたモノも別の角度から見たら危険だということは多々ある。天然の放射線は絶えず浴びて、体は自動的に修復してきた。しかし人口のモノは相ではない。つきあってきた歴史があまりに短すぎる。つまり、すべて危険になる。

専門家しか若菜内のは非常に危険な世界。大きなシステムも同じで自分で判断できないのは危険な世界。今の巨大システムは一つのシステムが崩壊すると連鎖崩壊してしまう。国に頼っていると震災対応もあんなもん。東電から経産省、国へとあがってくるデーターを見てしか判断できないわけで、それが一つでもおかしくなればシステムが機能しなくなる。

東電は広告を打つ必要はない。なにしろ消費者は他の電力会社がいいと言っても選択肢はないのだから。年350億円も使っていた。ある種のマスコミ買収費。経済の専門家は東電自体の問題よりも、年350億円使われないことが問題だと言っている。

東電の講演会はお金をもらう方からしたらいい講演会。1回100万からランク付けされている。自分は自然の良さしか言わないでいい。何を言ってもかまわないが、原発にふれないでさえいれば100万円。こんなクリーンさを守れるのは原発しかないとして、原発のクリーンさを第2部として東電社員が話す。東電は送電線も作っていないし、電気料金も直接社員がはかりにくるわけじゃない。そういう工作ばかりを社員がやってきた。

関係を修復しながら生活できない場所を作った。30年は入れない土地を作った。原発は風評被害は存在しない。風評被害とは農文協の社員一人がけんかをした。これが全社員がけんかをしたとなること。しかし原発はどこまでが危険かわからない。危険値はかわり、今まで安全だと言われていた値だって我慢しようという値になってしまっている。

こういう世界で生きている人たちを守らなければいけない。僕は購入券だけ買えばいいと思っている。商品自体は交換しないけれど、受け取ったこととして代金を支払う。これで農家にお金が入る。漁民であれば、これしかとれなかったということであれば、3倍の値段で復興支援費をかねて払ってもいいと思う。しかし原子力の場合は汚染された可能性があるとすると食べたいと思わない。人間的な思い、支援ができない。

今までの延長線上では対応できない。残念ながら土地に戻るかということもある。今までなら残った人たちが戻り、新しい人を連れてきて、再興ができた。しかし原発地域ではそれができない。新しい関係を創造するしかない。新しい関係を創造するしかない。

土地を持たない市や町が発生した。台帳の上ではあるけれども、立ち入り禁止。バーチャルの市町村。ネットワークの都市。それであれば僕が作ってもいいのかという話になる。一時的に特例とするにしても、20~30年は長いし、そういう状態でいいのか。

住民票があっても、違う都市に住む不便。そうなると住民も減っていくだろう。最後に残るのはどうにも行きようのない人と最後まで粘る人だけだろう。もし人口がゼロになれば市町村は存在できない。そうなるとその土地は誰が管理するのか。近隣市町村との合併だろうか。初めてのケース。

バーチャル市でいいのか。一面では私たちもバーチャルの世界に生きているから問題にしている。原発あるのは知っていたけれど、あんな事故を起こすモノだとは思っていなかった。原発は遠いモノ。イメージの世界に生きていた。

欧米に追いつけ追い越せと言うのは途上国的思想。その当時日本は途上国だと思っていた。先を走っているなら追い越せとはならない。江戸期にはいい文化を持っていた。追いつけ追い越せというイメージを明治時代に作った。戦前の日本には列強に追いついたというイメージがあった。植民地とか。それが変わったのが関東大震災。今でこそきちんと並んで支援物資をもらい、暴動も起こらず偉いと賞賛されているが、関東大震災では略奪などがひどく、軍が戒厳令を出して巡回していた。

そこではいろいろな風評被害が流れた。例えば朝鮮人が井戸に毒を入れているといったものである。それをそのまま読売新聞が伝えてしまい朝鮮人大虐殺につながった。3000人くらいの。警察署に囲っていると聞いたら、警察署すらおそった。日本人がいつでも美徳を持っていた訳じゃない。列強に追いついたときにはそういうことをしている。

なぜ今暴動を起こさずにちゃんとやっていけるのかを考えてみたい。バブル以降我々の社会はどこかで間違ったのではないかという思いがあった。そういう動きが広まっている中で震災が起こったとすべきではないのか。100%システムに入っている人がシステムを作り直すのは難しい。一つの文化の中で暮らしている人から新しい文明が出てくることはなかった。新しい文明は常に文明の狭間にいた人。初めて機関車を見た人は驚嘆する。それが毎日見ている人には感動がない。驚嘆することが新しい文明を作る。旅に出ることや、都市と農村の交流、過去を知るなどによって新しい価値観を得る。

私たちの社会は境界線に向かって歩いていた。大きく歩く人もいれば、小さな一歩の人もいる。でも向かい始めていた。システムの中にいる人にはシステムを見直すことができない。消費社会を批判していても消費社会の中にいればそれに頼らざるを得ない。

原発は安全か安全でないのかの議論はしたくない。少々のトラブルはあっても安全だとなるとそれに反論が出てきて、無限の論争になってしまう。原発は最終的に止まるかもしれない。それは安全性の問題ではなく、コスト論で最終処分まで考えたら会わないからという可能性はある。

広島、長崎の被爆経験があるだけに、核の平和利用にはあこがれがあった。軍事はいけないが、平和利用はよい。政府に批判的な竹谷ですら原子力を推進していた。そういう時代だった。反政府的知識人ですら賛成していたのだ。

そういう歴史を経て、原発の事故を得た。こういう形で人々のと生活を、思いをつぶした。そういう形で社会を作ってはいけない。等身大の人間たちの営みの中で迂回路ができないなら、すべきではない。安全、安全でないから脱原発なのではない。今までは死を遠ざけていた。死を覚悟する、覚悟することが未来。そういう形でしかつかんでいけない。決して生きる世界だけ喜びを感じていた訳じゃない。そういうものをどこまで戻していけるか。いかに大きなシステムに依存せず、専門家しかわからない社会を終わりにしなければいけない。等身大の世界をどう取り戻すか。人々はそれに向けて歩み始めている。

数字しか見ていない人にはできない社会。定住とはその場所に住んでいることではなく、その土地に永遠性を感じること。そこに何世代も住んでいくことではない。今日の問題は異動先に永遠性を感じ得ないこと。移住自体は昔から行われてきた。お嫁さんは隣村からだったりするし。

新しい技術を使うときは、新しいモノにはすべてにリスクがあることを意識して作っていく。新しいモノ=バラ色の未来ではない。本来成熟した社会とはそういうモノ。これができたらバラ色は途上国型社会。

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