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2011年8月 8日 (月)

お師匠さん:内山節先生の話は直接に限る。

内山哲学の神髄はここにはありません。なぜなら内山節の哲学を理解するには文章化された言葉だけではなく、身体性や霊性で感じる必要があるからです。言葉はその入り口を開けるモノにすぎません。内山哲学の神髄を味わうためには是非とも直接聞いていただきたいものです。入り口を広げることと、自分のまとめ、ブラッシュアップの意味もかねてみえだぶろぐには記載しているわけですが、是非とも肌で感じる感性を大事にしてもらいたいです。

内山哲学を聞いていると言葉がわいてくる不思議な感覚に襲われます。内山先生がいっている難しい単語が思い浮かんできます。単純に話を聞いているだけなのですから、同音異義語はたくさんあるし、別の単語でも意味が通じます。しかし先生はこの単語を使っているに違いないという単語がびしっと浮かんできます。それはきちんと自分のメモにもそう残してあります。自分が言葉に精通しているかどうかに関係なく。

言葉に語れないものを感じるために、内山先生を追いかけているのかもしれません。だから人間が見聞きできる範囲に調整され、それしか伝えることができないネット配信やテレビなどのメディアでは意味がないのです。(このあたりに関しては、内山先生が情報の補完能力について第三講でおっしゃっていますのでそちらを参考にしてください。自分も一生懸命ネット配信の方向性を模索していましたが、それでは補完されない情報がいっぱいあることに今更気がつかされました。)

内山哲学は入り口にすぎません。それをどう自分の中に取り入れていくかがもっとも大事な作業なのかもしれません。しかし、内山先生を追いかけ続けていると、いろいろな人にお会いできるのは確かですが、その根底にあるのは内山哲学なので、外部の刺激を常に受け続けないといけません。これが意外と大変で、居心地の悪いところにあえて入っていかなければいけないわけですから。

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