« 農文協 読者のつどい2011 【哲学講座】 第三講 | トップページ | お師匠さん:内山節先生の話は直接に限る。 »

2011年8月 8日 (月)

農文協 読者のつどい2011 【哲学講座】 第四講

近代世界の限界という意識があった。経済発展と雇用が比例関係にない。高度経済成長期は比例関係を感じられた。仕事が大変になれば人が増え、人々は余裕を持って有意義な環境の中で仕事ができた。今日だと非正規雇用や、正規雇用であっても大変。余裕を持って有意義な仕事などできない。

今農文協に入る学生の話を聞いた。おじいちゃんおばあちゃんの話を給料もらって聞けるなんてラッキーといっていっていた。実際にはそんな甘い物じゃないにしても、意識が変わった。昔なら農村を伝える、農村を良くしたいなど使命感でやってきた。

江戸時代は封建主義といわれるが、あれは使い方を間違っている。本来は封地主義。土地を持って生きる、つまりその土地に固定されると言うことだ。ずっと暗い弾圧をする社会ではない。

昔は農村は送れていたところだと思っていた。しかし今は地域文化もいっぱい持っているいいところと見られている。しかし実際にはそんなに地域文化が残っているところは少ないわけだが。

目標を決めて、突っ走る途上国型は日本には会わない。途上国社会がある訳じゃない。そういうイメージがあるだけ。原発が安全だと同じ。ゴールを目指して人々を一つの目標に向かわせるのは独裁社会といえる。独裁者が独裁した訳じゃないけれど、他の価値を認めないというのは独裁。東京タワーは一つの転換期だった。世界一へのあこがれ。中国の新幹線が模造といわれているけど、日本だってパリのエッフェル塔をまねして世界一の東京タワーを作った。しかし今は何ができても吸引力がない。 made in JAPAN にこだわっても仕方がない。今製造業はブランドは日本でも製造は海外でやっている。

よくフランスに行くわけだが、フランスで高級な日本食をごちそうになったことがある。カリフォルニア米はなかなかおいしい。でも違う水で作られた食べ物正確には主食は合わない。風土にあったものが食べたい。しかしチーズなどの嗜好品はまだ海外の物の方がおいしい。いいものを食べたい。こういう場合に分けた使い方が先進国的社会である。

しかし政治は途上国型をやり続けた。国民の支持を今では得られない。マスコミや有識者は絶えず、国の指導力が足りないと途上国型をあおる。時代錯誤甚だしい。

戦後一番の失敗は自分のために生きることを教えたこと。戦時下、他者のために生きることが国のために生きることに一本化された。国のために生きたら大変なことになった。そこで自分のために生きることになった。自分のために生きることは社会システムに取り込まれていくということ。他者のために生きると、具体的に何をしたらいいかがよくわかる。自分のために生きることを生産し始めた。すでに一番苦しい時期、みんなが一つの目標に向かって突っ走る時代は終わった。

国の力をどうやって小さく移行していけるか。力を持つのは下の人たち。市町村だって復興のやり方はたくさんある。今なら復興支援に協力してくれる人がたくさんいるだろうに、国の支援待ち。途上国型でずっとやってきたから直らない。

|

« 農文協 読者のつどい2011 【哲学講座】 第三講 | トップページ | お師匠さん:内山節先生の話は直接に限る。 »

内山哲学」カテゴリの記事

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/188237/52426268

この記事へのトラックバック一覧です: 農文協 読者のつどい2011 【哲学講座】 第四講:

« 農文協 読者のつどい2011 【哲学講座】 第三講 | トップページ | お師匠さん:内山節先生の話は直接に限る。 »