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2011年2月 5日 (土)

ゆいの家移転記念 内山節先生講演会

ゆいの家がリニューアルオープンした記念に内山先生の講演会がありました。その模様を例によって自分のメモを元にお伝えいたします。聞いたままではありませんことご了承ください。

高石さんからは「新たなる時代とは」というテーマをもらったので、僕とともにあった時代からこれからを考えたい。僕自身の印象としてはこの60年で日本の印象はずいぶん変わった。世界の中でも変わった方だと思う。

僕は生まれは東京都世田谷区。当時は農村だった。戦前から住宅を建て始めた。小学校の終わりにはほとんど住宅でいっぱいだった。元からの人は商店や左官職人、大工をしていた。消防や役場も元から住んでいた人がやっていた。しかし住宅地の人はどこかにつとめていく。

こんな場所だから日本の遅れを意識していた。欧米は進んでいるが、日本は遅れている。そういう時代と比べると今はいろいろなことが様変わりした。とりあえず日本は外国の物を取り入れるが、あっという間に日本独自になっていく。トンカツやコロッケ、カレーライスのように西洋から入ってきたのに完全に日本独特の料理になっているように。

最近は立教大学にいるので先日も卒論の口頭試問をやっていた。父がジュネーブ生まれでジュネーブ育ちのフランス人がきている。彼のテーマはJ-MUSIC。どんな物か聞いてみようかと1,2枚レンタルしてみようかと思ったが、演歌を除く現代音楽すべてということなのでらちがあかなかった。何しろ棚に並ぶほとんどがJ-MUSICなのだから。

僕にとっては論文が英語でつらかったということもあるが、そこは何とかごまかして読んだ。彼がいうには1950年代から日本にアメリカンポップスが入って1960年代には独自の変化が始まり、1970年には世界に出て行き評価されていく。これは日本音階と融合したからだ。ポップスの中に演歌や民謡が入る。ドレミファソを使わない日本独自の音楽。(西洋音楽と)同じように聞こえても違う。なぜなら歌詞の作り方が違うから。日本語は単語で意味を伝えることができる。たとえば「桜きれい」といえば、伝わるし情景が思い浮かぶ。しかし英文は文節にしないと意味が伝わらない。

海外で日本の音楽が評価されるようになると日本人が英語で歌詞を書くようになる。そうすると問題が起きる。外国人には聞きにくい。発音の問題もある。それだけならまだいいが、日本人が作ると(日本語と同じ感覚で)単語で切ってしまうから、意味がわからない。それも今はクールジャパニーズカルチャーとして評価されるようになった。日本には短歌、俳句のように単語で区切る文化がある。

はじめは模倣していた物が、その後チープな日本化を経て、そして独自の文化になっていく。最近ではK-POP(韓国)、C-POP(中国)などは彼曰く日本の模倣である。

日本のJ-POPはどこで支えられているのか。それは日本独特の商売にあり。日本は世界的に見たらCDが異様に売れている国である。日本でも減っているといわれるがせいぜい2割減。世界では8割減。中国は未だにCDが売れているが、それは海賊版などで異様に安く売られているから。それは例外である。

音楽消費からタレント消費になっているから。タレントの追っかけでCDを買う。中にはファンクラブに入る人もいて、ファンクラブ限定コンサートや、一般のコンサートでもファンクラブ専用に前の方に席が用意されていたりする。さらにコンサート会場ではグッズを売る。グッズの方がCDの純粋な売り上げよりも高い。ファンにとってはCDを持っていることが大切。それによって仲間意識も出てくる。それゆえ音楽自体の価値で買っているわけではない。CDを持っていることでファンクラブのようなある種のコミュニティーに入ることができる。一人で音楽を聴くのではなく、コミュニティー二はいることを楽しむ。音楽自体のできの善し悪しで買う訳じゃない。大きいファンクラブでは分科会ができていて、小さいコミュニティーができる。そしてその会の幹事もできる。それが音楽会社と折衝もする。

日本の文化に変わる。それは日本の風土性と融合していくことだ。ご飯に合う料理を作ろうとすれば、トンカツに醤油などとなっていく。戦後だけ見ると敗戦からご飯食べるのも大変な世に中。その中でいかにアメリカ的な物を摂取するか。できた物を日本化、日本へ融合していく。企業も日本の風土への融合していく。日本には終身雇用はない。欧米では新しい人から切る。勤続年数の短い方から切るのが通例。ホワイトカラーは明日から切れる契約になっているが、一般労働者は違う。

解雇にはそれなりの理由が必要というのは先進国では当たり前。最低限度の保証が必要である以外に、日本には終身雇用という法律や制度はない。企業が欧米の文化を取り入れてやっているにすぎない。そして今は企業が持ちきれなくなった。企業が日本的をやめるとどうなるのか。人間はどうやってつながるのかということを社会が模索している。バラバラに壊してしまっていいのか。

アメリカ以外の国では、何らかの形で社会を作り直さなければならないと考えている。そして対象として50年前くらいが見直されている。

最近の若者は覇気がないといわれる。留学希望者や海外勤務希望者が少ないから、昔の若者から覇気がないといわれる。でもちゃんとそんなことに価値がないので実施しないという意思表示をしている。昔は海外にいくと偉いといわれた。

また、高齢者中心に貯金にしてしまい運用されていないといわれる。でも郵便局や銀行が運用している。郵便局は国債という形で。自分自身で運用していないだけで、運用されていないわけではない。アメリカは2/3が債権。1/3くらいしか預金がない。アメリカに従い、小泉竹中時代に預金から投資へとキャンペーンをうった。自分の意志ある使い方がされていないといわれる。でもちゃんと意思表示をしている。そんな使い方をしたくないと意思を表している。アメリカの基準で見るから何で意思表示をしないのかといわれてしまう。ある基準で見れば意思表示がないとなってしまうが、実際には意思表示をしている。

今だって海外に行っていない訳じゃない。途上国に行く人はむしろ増加している。アメリカに留学してもいいと思う人が減っただけ。こういう意味でも今の社会は変動している。社会の先頭に立つとか、挑戦していくとかに興味がないだけ。今までいうような挑戦はないだけ。農村に行って農業をやりたいという人が増えている。これは大変なことであるが、挑戦しようと思ってやっているのではない。やりたいことをやるだけ。ファンという仲間の世界。

欧米を越えて社会主義にしようという時代があった。たとえば学生運動である。1960年安保闘争。その後のいわゆる全共闘時代になっていく。安保闘争の時代の学生運動は、戦前と大して変わらない大学生数。社会的には金の卵といわれた。中卒で就職列車に乗って田舎から上京してくる人の方が多かった。大学でるということはエリートであった。特に女性が大学を出るのは。家によってはまだ昔気質で、大学を出るより技術を身につけた方がいいというところもあった。

その後一気に大学に行くことが普通になり、そこら中に新設大学ができた。エリート大学生という時代は終わった。エリート大学生が保証されていた時代は、自分が優秀だから大学に行けたとは思っていない。たまたまいけただけ。本当は隣の家のあいつの方が優秀だということはわかっていた。しかしあいつは家の事情などで大学に行けず、自分は恵まれた環境にあり、行くことができただけ。そういう形で大学にきた人間はどういう形で生きるか社会的責任が見えていた。勉強したことで世の中の役に立とうというという意識。どういう社会を作るために勉強をするのか。

全共闘のころはエリートの反乱とは言い難い。普通の人の反乱になっている。このころよく使われた言葉に「自己否定」がある。何となく生きている自分がおもしろくない。大学でてどこかには就職ができる。終身雇用、年功序列があり、可もなく不可もない人生が約束されている。自分で自分に反乱を起こす。そして部落、朝鮮差別などが今も残っている中で、自分は可もなく不可もなく生きてそういうことを見ない。そういう自分を否定する。

世界的にも同じ時代。フランスでは「存在」から「実存」へという落書きが多い。日本だと存在感などとして使われ重みがあるが、欧米ではただあるだけというのが存在。ただあるだけから自分の意識を持って生きていく。

そのことは日本でも戦争責任論を大きく変えた。それまでは軍部にだまされただけで、一般人は被害者だという論調だったが、果たして被害者なのかということをこの時代問い直された。戦争反対といえない時代だったとはいえ、みんなで戦地に送り出す、戦争という祭りになっていたことへの責任。被害者であると同時に加害者でもある。いいか悪いかは別としても全共闘時代はいろいろなことを見直すきっかけになった。部落差別はどうやって我々が関わってきたのかということを見直した。私たちが傍観者であったことがいけない。女性差別にしても、俺男、おまえ女に問題はなかったのか。無意識の差別。自分たちのあり方の総点検。

安保闘争を経験した人も、終わると普通に就職して、普通の人になっていった。その後学生運動自体にも人が集まらなくなっていく。一部では人気が出るが、大多数の人からは大ひんしゅくを買う。わずか数年前は100人、200人集めるのが大変だったのが、全国に数万規模になる。集まってきたが、人のことに関心がない。自分はどうするかになる。人間すべてのことができる訳じゃないから。自分の関心のあることをやる。そうしてバラバラになっていき、全体として何をしているかわからなくなる。後ろの世代に引き継ぐということもしなかった。自分たちは勝手にやってきたので、引き継ぎをしなくてもやってくれるだろうと思っていたが、そうしたら後ろの世代の人があまりやってくれなかった。

国により後始末の付け方が違う。フランス5月革命では公職追放して、まともな仕事に就けなくなる。しかしその後20年ぐらいたって優秀な人を吸収する。ドイツではバーダー・マインホフという人を中心にしたグループがある日突然獄中で全員が集団自殺したという発表が流れる。全員が同じ檻房にいたならまだしも、独房にいた全員が首つり自殺したと平気で発表するあたりが、やはりナチズムの国である。アメリカはベトナム戦争反対と黒人解放の動きが合わさった。中でもブラックパンサーはFBIによって会議中に踏み込まれ全員射殺された。

ただし、全共闘の社会主義は、社会主義国であるロシアや中国を批判した。マルクスなどにもどれという思想であった。大きな勢力でバタッと変えようとしたわけだが、そのころからは社会をバタッと変えるのではなく、自分たちの周りの社会を作っていこう。そして生協が生まれる。食を通じて、農家も消費者も適切な価格で生きていけるもう一つの社会を作る目的だった。今もその延長線上にある。巨大社会よりも自分たちの世界。

自分たちの社会を作っていこうとなると合理な物だけでは作れない。非合理な物を認めていく。非合理を取り込んで行かなきゃいけない。そうなると人間たちの精神・文化などにも広がっていく。そうしていろいろな物の見直しにつながる。

最近の若い人には合理的じゃなくても受け入れてしまう。自然を含めて検討してきた社会があるから。今年論文の本数が多かったのが、コミュニティービジネスとソーシャルビジネスだ。コミュニティービジネスはもうけることよりも、コミュニティーを作ることに趣を起き、たまゆら的食堂のような、集会のようなものである。

ソーシャルビジネスは社会的な問題、たとえば、環境問題とかゴミ問題とか、これを可能にするだけの収益を得る。フェアトレードなんかもそう。途上国から買いたたくのではなく、生活基盤ができるように。それを支持している人に売る。若い人にやりたい人が増えている。

そして他者のために生きる利他、もともとは仏教用語であるが、死語同然だった言葉に脚光が浴びている。他人のためにしていると自分のためになるということである。ミイラ取りがミイラになってただの企業になってしまうこともあるが、イギリスのある企業は不正をしないことで信頼を得ている。元々の企業はソーシャルビジネス。最近は金儲けのためにできた企業もあるけど、企業の改革が見えてきた。原点に戻る。ソーシャルビジネス企業が絶えず出てくればよい。そういうことを繰り返しながら、企業は再生する。そうしないとただの金儲けになってしまう。

そういうことを通して社会改革ができるかどうかはわからない。ミイラ取りがミイラになってもいいじゃないか。そうしたら新しいソーシャルビジネスがでてくる。近代システムが明らかに劣化している。国、地方は一千兆円の借金、相次ぐ企業倒産。

そういうわけで欧米へはもはやあこがれの対象ではない。僕のゼミの学生が夏にゼミ合宿をやりたいときた。何をするかも決めてこなかったので、龍神の滝という水量が結構ある滝がある。そこで滝行をした。昔の人がやったことはいいことだろう。そういうわけで滝行を学生がすんなり受け入れる。最初は数名で女性は遠慮していたが、最後には全員でやっていた。昔であれば仏教なりを勉強して、その修行の一つとしてやっていたわけであるが。

黒澤さんという人が上野村にいる。自転車で世界一周をした人変わった人なのだが、ふるさと協力隊できた女性と結婚することになり、45年ぶりに村の結婚式を復興した。二人して聞き取りに回ったのだが、何しろ覚えている人が年配な上に、全部を知っている人がいない。男性だと表で何をしたかぐらいは覚えているが、裏で何をしてもらってお膳がでたかなど全く記憶していない。それに自分の結婚式を挙げた人だと、結婚式はわかっているが、やはり裏方のことは知らない。それで二人で聞き取りに回り、準備に一年かかった。今度は上野村テレビが撮影しているので、やりたい人がいれば誰でもできる。二人の結婚式ではなく、村のお祝い。ふと思い出して紋付き袴がいいのかと聞いてみたら、スーツの人もいるから大丈夫といっていた。しかし実際には村のほとんどの人が貸衣装で借りてきていた。紋が同じだからまるで全員が親戚。上野村の人にとって10万というと結構大金になるのだが、それでも自然と人間の里における結婚式。みんなが楽しそうにやっていた。

会場からの質問に対して

国家がやるとよくない。評価のスパンが長いと馬鹿な民衆は置いておいて俺たちがやり20~30年後に認められればいいとなる。逆に短いと短絡的な評価を求めるようになる。

あっちのスーパーで1円安い、こっちでは別の物が安いと一生懸命になっているが、あれは健康法と割り切らない限り損している。確かに安いかもしれないけれども、それを検討する時間や移動時間の方がもったいない。それならどこで買っても一緒。

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