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2010年9月13日 (月)

第3回新たなる多数派の形成を目指す上野村シンポジウム 2日目

では、夜食の買い出しを終え、リラックスしてので、また気合いを入れて書き始めます。それぞれの分科会からの報告がありました。ちなみに自分は第六分科会で師匠の内山先生とご一緒したのでそちらは少し詳しくかけるかもしれません。

司会:山梨県庁 手塚氏、水産庁 長野氏

第一分科会 「草木染め」より報告
 子供たちと一緒に植物をとってきたのが始まり。仕事をやめた後も続けた。上野村ならではの近所づきあいがある。それから村の昔を知るようになった。上繭は(川を降りた先の)藤岡に売る。中以下は座繰り(糸を紡ぐ機械)して、平織りにした。その当時の座布団を今でも使っている。縦糸はぼろ糸、横糸はぼろ布をほどいて座布団を作った。玉繭のように2つつながってしまった物は、真綿にした。昔は染め物は藤岡で都染めといって化学染料を使って染めていた。最初は都染めをやっていたが、上流に住んでいるわけだから、川を汚してはいけないと焙煎液はすべて自然から抽出した物を使っている。草木染めの欠点。それは手間がかかること。それに植物が花が満開など一番いいときに使ってしまうことに心が痛む。命をもらって染めている。しかし、この欠点が未来につながる技だと思う。自然を楽しみ受け入れていくことが大切。

手塚氏:自分も絹織物に関わっていたことがある。手作業なので、どうしてもほつれや、色むらなどができる。大手百貨店に売り込んだときに、当時は欠陥率3%以内で納めろと言われた。製品の品質に問題というわけではなく、見た目によくない部位がどうしても10%位でてしまう。そんなわけでバイヤーにはじかれていたが、今はそういうのが趣があっていいと向こうから行ってくる。時代が変わった。

第二分科会 「竹細工」より報告
 3~4年目の竹がいい。強度が出てくる。1年目では若すぎる。そこが木工とは違う。木工だと30~40年くらい木が育つのにかかる。壊れても土に帰るのが自然からできた物の良さ。
 竹細工は竹を割くのが難しい。編むのは簡単。割くのに10年かかる。
 暮らしの中で使ってもらうことで技を残す。焼き物は90%近く国産と多いが、竹細工は少ない。ほとんどが外材。外材は壊れやすく、もろい、さらに水にも弱いという欠点がある。100円均一で使い捨てにするより、本当は長い目で見れば全然安い。
 ただ、若い人は食器の使い方すら知らない。今は使い捨てだし、よいのがわかっても使い続けていける自身がない。竹は一度ぬらしたら乾かさなければいけない。そうしなければ腐ってしまうことは昔は誰でも知っていた。しかし今の人はそういうことすら知らない。10年修行に耐えられる人も少なくなった。昔は男が習いに来ることが多かったが、今は女が多くなっている。
 経済効率は悪い。大量消費によって成り立つ。そういうことも考え直した方がいい。

第三分科会 「木工」より報告
 作ることもさることながら、売ることが大切。消費者の嗜好が多様化している。技が確かだから説明ができる。機械でできる仕事はしない。道具から自作している。木は一つ一つ生きているし、一つ一つ違う。
 経済的に豊かに暮らしていけなくても、明るく暮らしていければ、上野村に残るのではないか。昔は職人に弟子入りする人がいた。給料ももらわず技を盗んで独立する。

第四分科会 「狩猟」より報告
 熊取物語は人には伝えられないので省略する。昔熊は2~3年に1頭とれればよかった物が最近はよくとれる。1シーズン2頭なんてこともある。熊が里で歩いているのを見た。ハンターが少なくなっている。(これだけ見ているのに、)政府発表では熊が増えていないという。
 ハンターが少なくなる原因として、さらに銃規制が厳しくなる。犯罪があるとひとくくりに、規制されてしまう。そうすると地域の問題に対処できなくなる。そのうち1頭いくらとか補助金がつくようになるのではないか。

第五分科会 「和蜂 養蜂」より報告
上野村ではほとんど買う人がいない。しかし伝染病なども少ないから、飼いやすい。ただし、人工的に分家できないので、増やすのが大変な上、西洋ミツバチより小さいから蜜のとれる量も少ない。

第六分科会 「山仕事」より(これは報告に従わず、みえだメモです。)
 自分は頼まれて何千haとか切るのが仕事。全部一人でやる。
 自分がやり始めの頃は木を切らなかった。今の青木林業につとめ始めて、他の人が巨大なのこぎりで切った木を木馬(きんま・木製のそりのような物)に乗せて運ぶのが仕事だった。当時8寸くらいの木を切っていた。急なところはワイヤーでブレーキをかけながらおろしていけるから楽だったが、平らなところは人力で引っ張らなければいけないから大変だった。
 木を切ったら、木のつるとかで下から引っ張り出す。そして木馬に乗せられるところまで引っ張る。それは6~7年やった。
 その後自己流で木の切り方を覚えた。当時は広葉樹が多く、小さい物はチップとか箱材に使う。大きい木は製材して別の用途に使った。
 そのころは羽振りがよかった。1石1万だから、今の5~7倍。中卒で1日働いて350円もらえた。その当時まじめにためておけば、城が建っただろう。でも、みんな飲み歩いて使ってしまった。
 雑木樹林は評価が低かったので、こぞって広葉樹を切って、杉、檜を植えた。植えて大きくなる頃には外材が入ってきて売れなくなった。二束三文で売るなら、売らない方がいいとみんなそのままになっている。今考えておけば天然林にしておけばよかった。
 木は市場に出した。今の埼玉県児玉町と群馬県富岡市にあった。ユニック(クレーン)付き4t車を頼む。切るときは地主さんに許可とって。1本40~50万で売れたときもある。車に乗らないような長い8m位の木は、枝が伸びていると幹を傷つけるので、枝を落としたり、二叉に分かれるところで切ってしまう。
 里に近いところにはいい木がない。それに立派な木を持っている人は、その木に愛着を持っているから売ってくれないし、売る気がない。
 自分がチェーンソーで木を切り始めたのが昭和40年頃。当時の価格で13万くらいしたがすぐに回収できた。まだ周りでも持っている人がいなかったからおそわれなかった。木がさくさく切れるときはそれは楽しい。大きい木だと刃が木に巻き込まれて食い込んでしまうから、切れなくなってしまう。
 山仕事ならどこに倒してもいいが、(空師のような)町の仕事だと電線があったりするから難しい。山梨で頼まれたときも、電話じゃわからないからとりあえず見てみて、これなら切れるだろうと思ったから受けた。今でも難しい木を切るときは御神酒をあげる。
 股関節が痛い。左足の軟骨が3mmしかないと医者に言われた。でも手術したら今後大きな木は切れなくなるし。
 (村役場職員から)今Iターンで大卒が林業をやっている。日当7000~8000円最大働いて月24,25日、冬に雪が降れば仕事もできないので年200日+αくらいなので、月額13,14万円くらい。雨が降れば当然できないし、明るいうちしか仕事ができないから8~16時くらい。単身の村営住宅が1部屋1万、家族用でも3~4万円、インターネットが500円で使えるので、十分生活がしていける。さらに子供が3人以上だと村独自の子供手当が国の他にもらえる。今森林組合には40人くらいいる。
 上野村は間伐材を切ってもおろすのが大変な場所が9割なのでほとんど捨ててしまう。価格はちゃんとした木で1m3で1000円くらい。ここからトラックのレンタル費などが引かれる。価格が安いのでおろす手間もでないから間伐材だと捨ててしまう。木を切る人は今Iターンが多い。
 (内山先生より)土地の区分として国有林(よそ者)、吉本(佐久3000ha)、他はほとんど村内保有。
 (仲澤氏に戻り)自分が小学校の頃は山で移動製材していた。だからどこでも製材が作れた。
 その後はトロッコ+ガソリンカーで山奥からおろしていた。下りはブレーキだけで労力なくてもおりてくるし、登りはガソリンカーであげる。その昔は犬で炭を運んでいたところもあるようだ。犬にリアカーを引かせて。
 でも、今は炭焼き専門でやっていても炭が売れないからやらない。売れればあんなの手間だけですむからやる人がいっぱいいる。当時はこんにゃくが高く売れて、炭も売れるからよかった。
 (吉澤氏より)中国電力が古民家の修復をやっている。しかし古民家だから火に弱いと言うことで、オール電化にしてる。それもどうかと思う。

 (第六分科会全体討論)上野村はエネルギーを自給自足していけるはずだ。囲炉裏と薪が大切。そして「コンクリートから木へ」の転換。公共施設をコンクリートで建てているのがナンセンス。木で生活するようになれば、そこに製材や大工といった産業が生まれ、村が潤っていくようになる。村役場が率先してそういうことにお金を使わなければだめだ。

 (内山先生より)村の森を守る技もあるけど、仲澤さんのように特殊伐採できる人の技を都市に売り込むという方法もある。そして強い言い方だが、跡取りがいない人に発言権を与えない。今発言権が強い人は跡取りがいない人が多い。そうすると自分さえよければとなってしまう。跡取りが自分の子供でなくてもいい。ようはそれをつないでいける人なら。跡継ぎがいるからその子、孫のためにと100年スパンとかで物が考えられる人に発言権を与えていかないとよくなっていかない。

手塚氏:未来は昇降階段型ではなくてもいいと思う。螺旋階段型がいいのではないだろうか。上から見ると同じところくるくるしているようでも、確実に上に上がっている。
コンビニすら地域限定の物を作り始めている。今までは全国画一の物をPOSで管理し、売れる物を補充するというやり方から変わりつつある。

長野氏:私たちは自然の中で生きている。自然をいじることはおこがましい。都会は一人で何でもできると思ってしまう。

(全体討論)お互いの要望を取り入れた物作り。体験させることでその価値をわからせる。

 私たちは安い物を使うのがよくない。しかし、ホームセンターやコンビニなどをつい使ってしまう。
使う技術が伝わっていない。それは夜行列車で出て行った人の性。あの人たちはまだ、その技を持っていたが、子供に伝えなかった。
→竹細工職人の青木氏から
商売気はないが、消費を増やすことよりも、命を削って制作しているので、長く使ってもらいたい。100円均一のような安い物でも制作に当たってはその時間は人が命を削って作っているので大切に使ってもらいたい。
という言葉があり、みえだ自身はこの言葉を聞いただけで、山奥に行った価値があったと思うほどに感銘を受けました。(会場も大きく共感していました。)

 新たなる多数派と書いてあるということは内山さんも多数派でないことを認識しているということだ。しかし少数だからやめてしまうことなく続けていくことが大切である。是非村役場にはたとえ参加者が一人でもやめないでもらいたい。

締めの言葉(内山先生より)
 上野村にきて40年たつ。しかし上野村は飽きない。奥行きが深い。40年たっても知らないことがたくさんあり深い。そして人間の蓄積も深い。その2つがあるからこそ飽きないのだろう。これからの未来の力になるのではないか。
 今年は技でいこうかとなった。プロのトップの技。これは一人一人の技であって、弟子をとってもその人以降には受け継がれない。そして、プロまでは行かなくてもセミプロの技、素人の暮らしには役に立つ程度の技と技にもいろいろある。しかし素人の技を持つとプロの技のすごさがわかる。今回は職業としての技を持っている人を取り上げたが、生活の中の業師もいる。漬け物の達人とか。経済的に収益をもたらす訳じゃない。そういう物も入れると6つの分科会ではあと10年くらいかかるだろう。技は自分の労働に誇りを持たせる。技があると収益は厳しくても誇りを持てる。そして、新たな発見もあって仕事も楽しくなる。技を使って人々がつながっていく時代にこれからなる。人々がつながっていくための技もあるだろうし、間に道具などの物が介在するような技もあるだろう。
 技の世界は切れない結びつきを次いでいく。相互に結びつかないといけない社会になる。都会がなければ売れないだろうし、都会も田舎とつながりを持ちたいと思っている。イベント的な1回、2回の結びつきならば問題がないが、持続的な結びつきのためには技がいる。技があるから楽しいし、発見がある。技があるならしっかりと結びついていく。
 手塚さんが言うように10年ぐらい同じところをぐるぐる回っているだけかもしれない。でも10年後にはちょっとくらいあがっているかもしれない。
 今回やったのはよかった。技が何か確認できた。技を通してつながる世界をどう作るか再確認できた。
 上野村としてブランド化すべきだ。いわゆるバッグとかのブランドではなく、上野村からできる物はすべてブランド。自然も人もすべて。まねをしたいなら他の地域でもやればいい。そういう意味では上野村はいい線を行っている。技もあるし、自然もあるし、人もいいし、共同体も残っている。新しいブランド形成。
 始めの頃は輸入大豆でやっていた物が、国産大豆、今は村内産大豆で十石味噌を造っている。ちょっと高級なやつがそうだ。獣害があるから全量を置き換えるまでには至っていない。

 みんなで作る未来を遠くに見ながら・・・。

 そして、この後オプションの滝行を師匠と一緒に行いました。下の写真は滝行前にホラ貝を吹く師匠の雄姿です。滝をバックにとればよかったと後悔していますが、そちら側は人が多く構図取りが難しかったのでご勘弁。隣に子供もいましたが、大人10人くらいが一番水遊びではしゃいでいました。

Uchiyamatakashisyugendo

内山節 修験道スタイル

滝行して下界に戻ったなう。突然咳き込んで目がかすむ。やっぱり下界は空気が汚れているな。月15万で生活がなりたつらしいから移住してしまおうかな。

シンポジウムであまり寝ていなかったから(前は遠足前の小学生状態で眠れず、今日は酒飲んで熟睡できず)もう寝ていたらマンションやさんに起こされたなう。電気が消えている意味を考えてもらいたい。完全に空気が読めていない。せっかくマイナスイオンを浴びてリフレッシュしたのに既にストレス

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