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2010年2月11日 (木)

善と悪

先日の松山で購入したヒーリングCDが届きまして聞いています。値段が値段だけに非常にいやされています。買ったときは高い出費と思っても、でも考えてみたらあの値段で仕事の能率が上がるなら安いものです。

ちなみに癒されるは自分ばかりではなく、お隣さんもいやされるようです。お隣さんには聞こえない程度の音で流していますが、なんとお隣さんのヒステリーがかけると収まり、かけないと激しく暴れています。不思議な物です。

聞きながら思ったのは、みんながこのCDで癒されていけば世界から争いがなくなるのではないだろうかと思いましたが、争いは決してなくならないでしょう。

争うということは善と悪が存在するわけです。自分にとって生命や財産など不利益をもたらすことが悪だとすれば、価値基準は個人であり、人によって違う自己中心的な判断しかできません。社会的ルールとされるものですら、その範囲が限定されているものであり、万人に適用できるものではありません。

人の歴史は繰り返しており、同じことを繰り返しているということはこれが完成した形態なのでしょうか。それとも進化にはまだ時間がたりないのでしょうか。同じことの繰り返しをしているということは何らかの意味があるのではないでしょうか。自然界は無駄なものは淘汰されていくわけですから。

悪がなければみんな幸せになれるのでしょうか。それとも悪があるから幸せを感じられるのでしょうか。

自分は人は無益な戦いをしている愚かな生き物だと思います。人間以外の生き物の場合、自分が生き子孫を繁栄させる最低限の生活を営むために、必要だからこそ戦います。しかし人間の場合は違います。自分の器を超える力を欲し、逆に自ら死を望むものさえいます。

人類が存在する意味は地球から見て何なのでしょうか。

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