児童ポルノ処罰法改正

 個人的には警察の権力を強めかねない法律だけに、単純所持までの規制は反対なのですが、先日NACK5 ウォーミングアップミュージックで大野さんが「法律が出来るからには、規制しなければいけない状態にある。なんでもかんでも表現の自由で認められるわけではない」といっていたことにいろいろと考えています。

 確かに法律が出来ると言うことは、規制を必要な状況にあるのは確かかもしれません。実写はまだしも、ゲームやアニメはすごい状態になっています。これを見てリアルでやりたいと思う人がでても仕方ないかもしれません。でも本来はリアルで出来ないから、ゲームやアニメで我慢をするべき物だったわけですが。

 よくテーマにあげられるのが宮沢りえ『Santa Fe』 を持っているだけで逮捕になってしまうということがあげられていますが、そもそもこの問題の問うべきことは、当時17歳の宮沢りえさんを写真に写し写真集を創刊したと言うことなのではないでしょうか。だから問題はその少女を写した大人側にあるんだと思います。大人の欲望を満たすために子供が使われるのは良くないことです。だから発行を差し止めることには賛成ですが、検閲や強制捜査、物品押収までするようなことは反対です。

 そもそも裸はだめだけど、グラビアはいいのかという気もします。グラビアだって結構きわどい写真を出しています。それは大人の欲望ではないのか。

 広いネットの世界で、少年少女の写真が入ってしまうことは往々にしてあるような気がします。それがまだ自分の認識している範囲ならいいですが、普通のサイトでも例えばバナー広告とかでそういう写真広告が貼ってあり、自分に覚えが無くても逮捕になってしまう可能性があります。海外のサーバーを経由して発信していますので、国外法には触れませんと書いてあっても、実際にはそれを国内で閲覧することは逮捕に繋がることになります。逮捕するかどうかは最終的に警察の判断に任されるとなると、えん罪の可能性が増えることになります。

 一度法律が出来てしまうと、拡大解釈で何でも出来ると言うことになりかねないだけに、規制は反対の立場なのですが、これには自分に負い目があるというのもあります。なぜなら制服なかでもセーラー服はだめですね。アダルトビデオなどを見ていると、すぐに脱がされてしまい、がっかりしてしまいます。(AV女優の胸なんかどうでもいいからちゃんと制服を着ていろと思ってしまいます。)

 しかもPCは個人情報の固まりです。児童ポルノという名目でPCの検閲を許したら、著作権法違反(ソフト、動画、音声の不正使用)などを初めてとして他の犯罪で捕まりかねません。無傷な人は何人いるでしょうか。(関連:.2008/12/05 著作権とはなんぞや

 大学の時に高等学校の教員免許はおまけでもらいましたが、女子高生がいるところには赴任できないというか、してはならないなと思います。だいたいニュースで児童にわいせつな行為ということが何度も取り上げられていますが、そういう性癖がある人は職業に就くべきではありません。(中には性癖を満たすために職業に就いている人もいるかもしれませんが。)いつ理性が外れるかはわからないですから。普通の人だって美人がいれば、あんな人が彼女だったらいいな位は思うと思いますが、それが理性が外れて行きすぎるから犯罪になるわけです。誰しもこれだけストレスにあふれた社会だとそのリスクは負っています。

 もう一つ気になるのは女性の結婚年齢ですね。16歳で結婚できると言うことは性行為も問題ないと言うことになります。要するに結婚という書類を申請すれば何をしてもいいのかという話ですね。結婚に当たっては「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。」(wikipedia 結婚より)と規定されており、つまりは同意さえあればいいのか(実際に婚姻のためには未成年は親の同意が必要ですが)、なぜ女性は16歳で結婚できるとされたのか議論される必要がある気がします。それに1日、1秒でも過ぎれば18歳というところで、たった1日1秒の差で大人と言えるのかは議論されていません。

 あきらかに性癖を満たすだけだとすれば議論は出来ますが、愛との線引きをどこでするのか。周りは反対しても本人たちは恋愛だと思っている。20歳以上年が離れたつまり子供がいればその子と同じ年齢差の夫婦も存在するわけで、そもそも人の感情を法律で規制すると言うこと自体に無理があると思います。法律は個別の場合には対応できないのですから。木を見て森を見ずの議論な気がします。

 規制も大事だと思いますが、周りが注意する目を持つことも大事だと思います。我関せずでは問題が大きくなってしまいます。問題が大きくなる前に誰かしら気づき、注意する必要があると思います。周りが見ていると思えば、余り大胆な行動に出ることはないと思いますから。結局誰も知らない、見ていないからやってしまえになるわけですから。

追伸 世間は七夕だと騒いでいましたが、七夕といえばご存じ織り姫と彦星が1年に1度天の川を挟んで会う日です。我々の時間ですと1年に1回なのですが、地球時間46億年から見ると我々の1年は1億分の一ですから、コンマ何秒にも満たない時間です。そうするとほとんどくっついていると言うことになります。

しかし実際には地球に届いている光が、1年に1回近づいているわけで、1光年は 9 460 730 472 580 800 m なわけで(wikipedia 光年より)もしその星に住んでいるとすれば、我々に八かずいたことすらわからないような遙か遠い世界なのかもしれません。そうなると1年の遠距離恋愛どころではなくなってきて。

なんだかわからなくなってしまいましたね。なんか今日は引用が多いですね。

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危険な除菌家電

家電を買うなら、早い方がいいらしいです。エコポイントの支給が10月までな上に、予算がなくなったら終わりだそうで先着順なんだそうです。

こんな愚作があるだろうかと思います。ETC割引しかり、車の減税しかり、同じ税金払ってもらえる人ともらえない人がいる。あげくはテレビを買わせたくて電波を止めてしまう。(関連:2008/09/26 地デジって思っていたより大変)こういうのは本来国がやるべきことじゃない気がします。

話を戻して、世の中除菌ブームですが自分は怖くて仕方ありません。

某社の製品にはOHラジカルの説明がありましたが、正直そんなもん発生する家電には近づきたくありません。細菌も殺しますがラジカルは我々も傷つきます。農薬が毒なのと同じです。結局使い方の問題だとされてしまう。そこには安全だの一点張りで教育すらない。(関連:2008/11/11 インターネット教育

自分は危険だと言っているにも関わらず親すら聞く耳なし。水俣病の救済法案が可決された昨今、本を正せば企業と国がおこした事件です。新潟水俣病に触れ、水俣病という言葉に敏感になっているのもありますが、いまいち教訓は生かされていない気がします。それに熊本の本家水俣病は取り上げられるが、新潟水俣病は取り上げられないとおっしゃっていたことをようやく理解ができました。

未だにテレビ崇拝者の親はテレビの言うことしか信じない。息子も信じないで他人を信じてどうするのか。おかしな社会です

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ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破

みてきました。街はコラボで明朝体があふれていましたし、もともと好きな作品なので、昨日の公開初日で見るつもりでしたが、所用で今日見てきました。あいかわらず一人で。映画館は案の定グッズであふれかえっていました。

いやはやイイ作品でした。先ほどから友達にメールしまくりです。意外だったのは場内が女性が多かったことです。カップルはもちろんのこと、女性だけのグループもいました。昔からのオタクであろう人で、私も含め一人でも見てしまう人、グループ、カップルがちょうど同じくらいの数だったように思います。

結構座席が空いているかと思っていただけに、さすがに左翼アニメと夢というか一大経済圏アニメには勝てませんがこの人数は正直驚きです。原作はオタクアニメで、深夜帯にしか再放送されないというのに(笑)

内容は余り話すとおもしろみがなくなってしまうでしょうから辞めますが、まさかああやって
式波(アスカ)と二号機をつぶすとは。そして原作につながっていく。個人的には新キャラなど無用だと思っていましたが、ああいう形で出されてしまうと、認めざるを得ません。それでいて全作のファンにはわかるフレーズがたくさん盛り込まれている。後半は誰も飲み食いしていませんでした。10年前のリメイクにがっかりしたのが嘘のようです。

正直昔よりストーリーがわかりやすくなった気がします。予備知識があるからなのか、自分が成長したのかはわかりませんが。外見は変わりましたが、中身は同じつもりだったのですが。

さすがはコンセプトが新しいエヴァンゲリオン。見たことある人もない人とも楽しめる作品になっているというふれこみはだてではありませんでした。四部作なのに十年前の劇場版のいいとこまでだして、カヲル君もようやく出てきたところで、この先四部持つんだろうか。とても楽しみです。

ただスポンサーが多いのは難点でしたね。小道具探すのは楽しいですが、やりすぎでした。

まあなにはともあれ。みるべきです。全作見たことない方は、全作のヱヴァンゲリヲン新劇場版:序まで全部ありますから、是非予備知識をつけてからどうぞ。(貸せる人には貸してあげますから。)ご飯もそこそこに帰ってきて、ぶろぐに記載しました。

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残したい物は何か?

先日新潟県立環境と人間のふれあい館-新潟水俣病資料館-阿賀野川哲学塾に参加しました。内容は例によって三人委員会哲学塾ネットワークに掲載しますが、とてもいい旅でした。新潟は環境がいいですし、魚がおいしく、米もうまい。それに日本酒もおいしい。食べ物ばかりになっていますが、内山先生より後継者のご指名を賜り感謝しきれませんね。内山先生のお名前を汚さぬよう善処していかなければならないと思います。(出かけるまでは、おっくうでそんな遠いところにといつも思いながらでかけていますが。関連:2008/08/11 山奥での体験

さて、関係あるような無いような思うことを一つ記載します。

最後の晩餐で何を食べたいかという質問はありますが、明日人類が滅ぶとしたら何を残したいかという質問がされることはまずありません。我々が滅びても残したい物とは何でしょうか。

我々が認識できる古くから残っている物と言えば、化石や遺跡でしょうか。中にはオーパーツと呼ばれ、その時代では作れない高度技術が使われているところもあります。となると実際には我々現代人のいや、もっと高度な文明が存在し、彼らが知恵を貸しているのかもしれませんが、我々の文明ではあまりに高度すぎて理解できていないだけなのかもしれません。(実際にいるかは別として)

しかし現代の我々の情報は磁気媒体ですから残すことは難しいです。CD等に記録したとしてもせいぜい数十年です。それに呼び出すための機械も必要ですが、それも又故障したら使えなくなります。つまり我々の情報は遙か何千年後の後世に残しにくいわけです。我々の世界は継続し続ける前提で行っていますが、今思えば、当時の人々は残すべくして残していたと言うことになります。
もしかしたら何気なく吸っている空気、海に今より高度な技術で書いてあるかもしれませんが、我々には理解できないから遺産を壊しているかもしれない。

そもそも次世代に残すとは何でしょうか。もし我々人間という種が生まれ前に文明があり、すごい科学技術を持っていたとするが彼らは滅んでしまったとします。そこへまた人間のような知能を持った生き物が生まれ、地上のすべてを知り尽くしたような態度をとります。調べていくうちにどうやらこの物体には意味があるようだが理解はできない。そこである者が勝手に使い方を編み出し他もそれに従っていく。分かりやすく言えばノートパソコンを燃料に使うように。

我々は言語・記号なども含め、常にあるルールの中で生きています。しかしそのルールは永遠には伝承されることは少ないわけです。止まらないことを前提に世の中は進んでいますが、いざその伝承が止まると仮定して、後世の言葉もわからないかもしれない人達にどう残したらいいのか。同じ種の人間ですら古代文字は読めない。そもそも次に生まれてくる生命体は、視覚すらなく感覚器官は電波かもしれない。そしたら目や手で触れなきゃわからないことでは伝わらないことになります。

今さえ良ければいいという議論が多く、デジタルは瞬間に過ぎないわけですが、こうした遥か遠い世界を見越していかなければいけない気がします。私は今にきちんと遺産を残していたという意味では古代人の方が現代人よりよほど高度な文明だと思います。

点を線にする議論が今一度必要だと思います。そのためには我々も個ではなく群になるべきだと思います。

ダムは残したいものかという大熊先生の話を思い出しながら、(関連:三人委員会哲学塾ネットワーク 2008/10/21 水俣) 新潟の見渡す限りの田んぼを見ながら帰り、帰り際の雲から漏れる日が山にかかる美しさ。(運転中ですから実際には撮影していませんが関連:携帯写真館)日本のすばらしさを実感できました。(それを壊すバブル期のリゾートマンション。)都会というアミューズメントパークよりも、人智の及ばない自然の美しさを一般の方でも感じる人がもっと増えていただきたいこのごろです。

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本もDB化したらいいと思う

和解によって、出版社と著者はどのような権利を得るか - 雑誌記事:@niftyニュース

つまるところ、googleが勝手に書籍を取り込んでオンラインで誰でも自由に閲覧ができる図書館を作るのはけしからん。著作権(つまりお金)の問題はどうするんだというのが大きな論点だと認識しています。(関連:.2008/12/05 著作権とはなんぞや

以前のストリートビューを初め、日本人はいささかgoogle過敏症というかアレルギーになっている気がします。別に見られたっていいじゃないかという気もします。それが嫌なら撮影されない田舎に住むとか。冗談はさておき、所詮databaseはデータの集まりでしかないわけですから、要するにそれを使う人のモラルの問題です。むしろモラルの育成が出来ていない社会環境の方が問題です。(関連:2008/11/11 インターネット教育

自分はDB化はやや賛成です。というのもきちんと支払いだけすれば、データーベースに載せること自体はメリットがあります。(Amazon などはすでに中身検索を行っているのですから。)

個人的にはもっと進んで、絶版本の再印刷・再製本サービスすら初めてもいいと思っています。絶版になったけれども、是が非でも欲しい本に何度か直面したことがありますが、結構探すのは大変な物です。内容が知りたいだけなら、原板通りでなくても、単純に印刷した物よりも、もう少しきれいにまとまっていて、一冊の形になっていればそれで十分なのですから。

どちらにしても売れている本は問題ないですし、本としては売れなくても著者に収入が入るのですから、著者の立場からすれば賛成しても良い気もします。

弊害として出版社は儲けが少なくなるかもしれません。今でも出版業界は布教だと言われているわけですから、本を出すことにより儲からなければ、著者に載せてくるしかありません。そうしたら、ますますいい加減な編集や、きちんと書店に出回らない、料金ばかりどんどん上がっていく可能性もなきにせずかもしれません。(関連:2007/07/05 自費出版の功罪

ただ、思うのはインターネットの大きな会社はMicrosoft、google、Amazon、Yahoo!いずれもアメリカに本社を置く会社なので、利益が結果的にアメリカにどんどん流れてしまうのは悲しい限りです。もっと日本の会社にがんばっていただき、是非とも日本にお金をとどめてもらいたい物です。

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一人暮らしに思う

最近世の中では「婚活」という物がはやりらしいです。実際がっついているのは肉食女子ばかりで、男子は冷ややかだというのは確かですが。そんなに焦らなくてもと思いますが、今この一人という状況を改めて振り返ってみました。

一人は確かに気楽ですが、いろいろと不便です。(関連:2008/05/18 シャワーから出てきたこれ.2008/12/05 著作権とはなんぞや

そもそもスーパーはどんどん大型化してコストをさげているのに、生活は核家族化・孤独になりつつあります。これってすごい矛盾じゃないですか?つまり我々の生活も本来は核家族ではなく、大家族であった方が生活にかかるトータルコストは安くつくことになります。昔みたいに村全体が一つの家族で一致団結していく必要がある気がします。

何しろ一人暮らしは材料は余るし、大量に作れば飽きてしまい結局食べないし、無駄なことだらけです。それをコンビニや、スーパーのお総菜が補っているわけですが。だからといって国全体や大企業全体に関係する人が一つの家族になり、国や大企業に依存した生活がいいというわけでもありません。とはいえ、自給自足なんてすぐに出来る訳じゃない。

そんなわけでみえだはダブルスタンダードを提案します。自分の生活をなす最低限の単位とのつきあいとその周りの大きなつきあい。最後には国が助けてくれる、企業が給料をくれるではなく、自分の生活基盤はきちんと持った上で、助けてもらえたらラッキーくらいに思っておく。

誰かのシステムで生きることは楽ですが、それは結局そのシステムに振り回されることになります。プライドではおなかはふくれないわけですから、誰かに依存しなくてもちゃんと生きていけるようにしておかねばなりません。

なんかすっかり内山先生の話ですね。

全然関係ないですが、土曜日起きたら下唇だけたらこになっていました。痛いなとは思っておきましたが、いったい寝ている間に何があったのか。一人暮らしの不摂生?それとも何か生き物?

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東京の飲料水と尿の再利用はどちらがきれいか

今日はこんなニュースがでていました。

再生水「味は変わらず」=宇宙基地で試飲の若田さん-尿など再利用装置稼働

えー自分のおしっこを飲むなんて汚いと思われるかもしれませんが、よっぽど東京の水よりきれいだと思います。都会の水は我々上流が(トイレ、キッチン、風呂、工場などで)使った水をきれいにしているわけですから。汚している数が多い分より汚いわけですね。

それに対して宇宙ステーションは人数は少ない上に、地上で健康に問題のある人は基本的に宇宙にいけないわけですから、よりきれいだということになります。誰のかわからない尿からできた水より自分の物だとわかった方がより安全な気がします。

自分なら正直東京の水より自分の尿を蒸留、中空糸膜濾過、消毒した水の方が安全だと思いますよ。この辺が理系の合理主義なのかもしれませんが。(関連:2009/03/25 隣の理系がよくわかる

どうも人間は単位が大きくなると感覚が鈍るようですが、よく考えると生活が出来なくなってしまいます。

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枕を変えました。

職場の定期健康診断で、首が痛いと言ったら、お医者さんに枕を変えてはどうだろうかということで、ゆいの家ブログに掲載されていた創業173周年の老舗金澤屋さんに行ってきました。(もともと年配者向けの診断なので、健康だと返って残念がられます。不健康だとアドバイスが出来るので、喜ばれる不思議な検診です。)

これがなかなかたどり着かなくて。カーナビにたくさんでて全ていってみたのですが、それらしいお店が無く、iタウンページから住所を逆引きしてようやくたどり着きました。

とても親切に教えてもらいました。計る方法もあるけど、一番大切なのは寝たときの第一印象だと言うことで、金澤屋さんにすいてあった布団で実際に試して、材質が好きじゃない(固い、柔らかい)とか、頭が高いだとか、首が低いだとか、わがままを言って1cmくらいの微調整をしてもらって買ってきました。

正直高い買い物でした。自分は5千円も出せば買えるかと思っていましたが、実際には枕カバーまで入れると3倍くらいしました。値札が付いていなかったので、会計前の店内で思わずそんなにするんだと言ってしまうくらい。

結局金澤屋さんで微調整したのは自宅のベッドには調整が会わなかったので、調整剤をはずして使用していますが、いやはやよく眠れます。どのくらい眠れるかというと、自宅に帰って、ご飯を食べて、メールをチェックしたらもうすぐ寝てしまうくらいに。もともと寝るのは嫌いではありませんが、お風呂に入らずに寝てしまうのは嫌いでしたが、ちょっと試してみるかと思ったのが悪かった。そんなわけでここ数日、お風呂に入っていません。(嘘です。ちゃんと出社前までには入っています。でも病気・5月病もあいまって起きたくないですが。仕事をしたくないのではなく、ずっと寝ていたい寝心地の良さです。)値段が値段だけに余計に眠れるのかもしれませんが。

今日もこのブログを書き終わると危ない感じです。何しろテレビがおもしろくなく、虚構しか流しておらず、見る価値を見いだせていないので、よけいに眠くなってしまいます。やらなければいけないことはたくさんあるのですが、気力も起きず・・・。だらだら何もしないよりはねてしまった方がいいかと思いすぐに寝てしまいます。まるで幼稚園児並みの睡眠時間です。今更、どれだけ成長したいのか。

眠れないとお嘆きのあなた。是非枕を買えてみてはいかがでしょうか。ちなみに枕は2年くらいで交換するべき物だそうです。またあんなにするのかと思いますが、中身だけ変えられるそうなので、今度はもう少し安くなるかな。

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東京で哲学してきました

最近ぶろぐの更新が滞っておりまして申し訳ありません。ちょっと5月病にかかっているうえに、仕事が増えて余力がなくなってしまった物ですから。

さて、標題にあるとおり哲学塾東京分校・・・北区赤羽に行ってきました。内山先生の話はいつ聞いてもいいですね。ただ、片品村のような物を想像していたので友達を連れて行っただけに、若干都会というロケーションが残念だったかもしれません。(関連:2008/10/07 悠久の時間

自分は都会は嫌いです。行動方針が「都会にあこがれない若造」なのでよけいかもしれませんが。まだ赤羽当たりは東京でもはずれの方なので、なんとかですが、渋谷とか新宿とか行きたいとは思いません。

内容は三人委員会哲学塾ネットワークの21世紀の哲学の新たな冒険として記載しましたが、今回は少し難しかったかもしれません。自分もまとめ直すのに何度ウィキペディアをひいいたことか。まあ、自分は固有名詞が間違っていてはいけないと思って引いたわけですが、理系出身の友人にはやはり難しかったことでしょう。なにしろ自分たちの今までいた頭で考えれば何でもわかるという世界の話から、他人とのつながりの中で私たちは生きているという話に変わるわけですから。

そんなわけで今日は午後一から今まで人のブログを書いていました。しかし内山先生の思想は共感することが(自分の本とかぶろぐとか)に書いている、かきたい内容が盛りだくさんです。自分は共感していますが、会場での質問の多くは今のシステムがいいと思っている人からの反論が多かった気がします。確かに自分を否定されることに等しいわけですから、意見したい気持ちはわかりますが、単純に批判するだけではなく、そこから何かを得ていただきたい物です。

でも同時に内山先生のお話を聞くと、普段はあえてみないようにしている、今の社会のむなしさを突きつけられるのも確かです。もう少し我々の生活を良くするにはどうしたらいいのか、ポジティブに考え直そうかと思います。

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またも山奥に行ってきました

友達が山奥で釣りがしたいというので、またも群馬県の(携帯が通じないような)山奥に行ってきました。(関連:2008/08/11 山奥での体験

途中の道は高速道路はあえて避けたのにとても混んでいて・・・。目的地黒保根渓流フィッシングにそんなこんなでつきました。

ほーむぺーじは小中学生が試しに作っちゃった的な感じで配色も悪く見づらかったので、見る気も失ってしまい、どんなもんかわかりませんでしたが、いってみてかなり楽しめました。

まず大学の友人5人の集団だったのですが、誰も釣りらしい装備を持っていない初心者だったと言うことが良かったのかもしれません。放流をしてくれたのですが、結構な量がとれました。とれすぎず、かといってとれないわけでもなく、ちょうど良く待ち時間がある量でした。大きさ的には15~20cmというのが多かったようです。

途中、やばい地球をつり上げた(石を釣っている)のかと思うほど竿がしなる当たりが2回ほどあって、しょうがない針を取りに行くかと思って回り込んだら大きい魚が釣れました。(1回目ははねていたけれども、地球だと思って外すことに専念してしまったので残念でした。)

いっぱいつれた魚(イワナ?ヤマメ?マス?)

釣るのが楽しくて、釣ったけれども食べない友人がいたので、結局何匹食べたかわかりませんが、もうしばらく魚はいらないなと思うほどでした。何はともあれ気の置けない友達が一番です。

中には我々がはしゃいでいるので、我々がいなくなった空きに我々の場所で釣っている人がいましたが、それはルール違反です。ちゃんと時間分の料金は払ったのですからしかも何食わぬ顔をして我々が戻ってきたら片付けをしておいてあげたなんていいわけを見苦しい。そういうマナーの悪いおじさんがたくさんいました。この人達には今時の若者はとは言われたくありません。

追伸 友達が甘党男子として取材を受けたそうです。自分も自他共に認める甘党で、甘党男子なんて言葉ができる前から「あいつには甘い物を与えておけばいい」と思われているのに意外な対抗馬がいたもんです。取材内容の善し悪しは別としてもちょっと羨ましい。全国放送ですから。しかも犯罪ではなく。

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