2013年11月24日 (日)

人口減少問題と上野村(中央公論を読んで)

本を読んで感想をかけという宿題をもらったので、やることにします。ついでに忙しくて全く触っていなかったブログも一年ぶりくらいに更新します。

少子化問題により地方はなくなるというテーマである。うんいい本だったでは芸がないので、少し深く考察したい。

結論から言ってしまえばこの問題の答えは上野村にある。

まずはっきりさせておくが、自分は限界集落という言葉は大嫌いだ。それは集落だけが限界なのではなく、都市の略奪による拡大再生産の仕組みが限界なのであって、都市を棚に上げて集落だけを限界とすべきではないと考えている。限界集落と表記するなら限界都市と記載すべきである。

ちなみに途中から評論家の論争を読んでも仕方ないと思って全部は読んでいない。東大卒のエリートすら簡単な計算も出来ないと言っているかれらですら机上の空論になっていて現場を知らない。

師の言葉を借りれば「社会システムそのものが疲弊している」ということである。つまり疲弊したシステムの中に身を置いている限りそのシステムを批判してもそのシステムの範疇でしかない。だから今の社会システムを維持させながら、人口論を語るならナンセンスである。

改めて上野村の話に戻ろう。上野村は人口1400人程の小さな村である。注目すべきは人口はやや減少しているが横ばいですんでいるてんだ。これにはIターンというよそ者が大きく関わってくる。人口の約2割に迫る勢いで定住している。実際収入は減るわけでどこに魅力があるのか。

確かに定住するものだけではなくと離脱していくものも多い。この違いは、何かと言えば地域行事に参加するかどうかだ。自分も家を借りた時の条件が地域行事への参加であったが、最初は騙されたと思うほどに地域行事が多い。しかし参加しているうちにだんだん楽しくなり、今では大変この地域に越してきたことを感謝している。

上野村の場合急峻な山の中に集落があり、10年くらい前にトンネルが出来るまでは陸の孤島に近い状態だった。それ故助け合いが生きるために必要不可欠であり、その文化が色濃く残る事が幸いした。
どんなに優秀な人でもそうでないとしても、人区としては一人として必要にされるわけである。人間関係が色濃いだけに面倒もあるが、それを超える楽しさもちゃんとある。

先に評論家の論争をくだらないと感じたのはここである。医療制度などは表面的な事象に過ぎない。そんなこといくらやっても本質的には何も解決しない。本質的問題は人が人として必要とされないからである。必要とされないから、子供を産んだって、将来を悲観してしまう事になる。SFではないが学校でSEXの授業を取り入れ、手厚く出産保証をしたとしても何の解決にもならない。

人が人として生きられる幸せはまだ地方には残っているが、国家という視点しか持たない官僚や大企業が先導している限り何も変わらない。

中核市には悪いが中核市は必要ない。グローバル化で国家という定義が曖昧になっている中ですでに中核市ができることと言ったら、地方再生の一時的防衛くらいしかない。その間に地方を再生させていくのだ。


だからと言って地方に東京に略奪された人を全て戻せばいいわけではない。大切なのは、適切な数だ。上野村で言えば、どんなに上野村が素晴らしいとしても一万人都市にはなれないし、なっては行けない。上野村だと今は少し人口が足りないと感じるので適正規模は師匠が言っている2000から3000くらいだろう。

そういう形で各都市に適正規模がある。大合併で市に昇格したところなどはもう一度解体して適正規模に戻すべきだ。

先日Facebookには書いたが、地方と都市の問題は宇宙に似ている。ビッグバンによる集約。そして分散。その後生命が誕生し、多様化していく。今人の社会では集約がようやく終わりを迎えそうなので、次は発散である。進化の過程において、新たな個体が生まれた時、既存生物の抵抗に会う。しかし優秀な個体が生き残れるのである。生物は環境により進化するる。まさに我々はチャンスに立っているといえる。人間が人間として思考出来ることが限界に来ているから、人間が作り出した社会システムも限界に来ているのだ。今一度人間が生物の一部たることを思い出せば、社会システムの問題に解決策を見出すことができるはずだ。

上野村という素晴らしい環境に出会えたことに感謝。先人たちが切り開き生活できることに感謝。そして黒澤丈夫氏が40年という長きに渡り思想信条を持って村政を行ってきた事に感謝。現神田強平村長に仕事をいただき生活できる事に感謝。地域行事に誘ってもらえる事に感謝。
日々感謝が出来ることは本当にありがたい。

上野村の方には自分たちが最先端である誇りを持っていただきたい。
くだらない中央集権論などに振り回されないよう身を挺して守りたい場所である。

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2013年3月18日 (月)

上野村のよさと渋澤栄一

上野村シンポジウムにお見えになった木内孝さんから自分が帯書きを書いたと言うことで、「深澤 賢治: 陽明学のすすめ〈5〉人間学講話 渋澤栄一」を頂戴したので、ようやく読んでみた。非常によい本だ。

この本の考察は別途記載するとして、同時に預かった、上野村の良さという宿題について考えてみる。別の人からは、みえだぶろぐにはもっと更新頻度を上げ、簡単な表現で上野村の良さ紹介をするように言われているのだが、それはまたの機会にさせてもらおう。

上野村の良さ・・・

自然が残る。コミュニティが残る。など表面的なキーワードは「残る」だ。
でもそれは本質ではない気がして掘り下げると「人が人として生きることに未来を感じられる」ことがよさなんだろう。
先人たちが多くを残してくださったことで生かされている。人は生きているのではなく、生かされているはずなのだが、これを感じる機会は現代社会においては少ない。これを再認できただけでも上野村に来た価値がある。

水と食料、必要最低限の人員はいるわけだから、たとえ国家がデフォルトまたはハイパーインフレになったとしても、エネルギーさえ確保しておけば、未来を継続することができる。このエネルギーの自立というテーマは上野村にとっては非常に大きい。

師匠の内山節先生は最近、上野村に知恵を貸してほしいとよく言っている。上野村に知恵を貸すと言うことはどういうことなのか。手を貸すと言うことは手を貸すだけの魅力がいる。そのあたりは師匠は明言していない。「僕の好きな上野村だからよろしくね」というのも、考えられる。この場合、「僕」自身が存命の間は確かに魅力をはっきりできるかもしれない。

上野村は接点さえもてれば意外とリピーター率は高い。それは上野村という土地が持っている良さもあるだろうし、人の良さもある。この引力はまさに現代の桃源郷というにふさわしい。

しかし、難点はその接点を持たせるまでが弱いと言うことである。一方で上野村は今のくらいがいいところであるという人もいる。確かに上野村は「市制」が必要な規模になる必要はないし、なってはいけない。しかし現状維持でいいかと言えばそうではない。現状維持というのは社会の劣化を意味する。何もしなければ高齢者人口が増加し、社会がままならなくなる。

師匠もおっしゃっているとおり、上野村が持続していくためには、周りとも関係性を結んでいかなければいけないのである。確かに来れば良いところかもしれないが、それでは人は関係性を結ばない。関係性を結ぶためのきっかけがいるのである。

そういう意味で上野村に足りないのは、社会と上野村を翻訳しデザインする人たちである。人口1400人の内200人以上が外から来た人Iターンだというのだから、自分も含めたこの人たちが担うべき所もある。しかしながら、必ずしも資本主義の論理を理解し提案ができるとは限らない。それであれば外から連れてくるしかない。

ここで渋澤栄一氏の話に戻ろう。彼は明治政府で重要な仕事を任されていた人物である。実家は藍問屋。元々尊王攘夷派であったが、ひょんなことから一橋家の家臣として迎えられ、慶喜公に使えることになる。そして明治政府では大蔵省にいたが、大久保利通とけんかし大蔵省をやめ、日銀の前身を作り、融資、顧問という形で富岡製糸、足尾銅山、JR、東電、など多くの有名企業の前身を作ることになる。

明治以降の社会が幸せなのか振り返れば、明治維新が意味のあることだったのかと考えさせられるものである。しかし渋澤氏が木っ端役人に無礼を感じたとおり、システムとしては末期に来ていたのかもしれない。渋澤氏は私欲を肥やすために行動したわけではなく、すべては国家太平のためにしたことである。確かに足尾鉱毒事件などが起こったわけで、すべての手法が正しかったとは言い難いのも事実。

しかし気づいた者は行動をしなければいけない。自分も幸せを満喫し、くすぶっていないで、行動をしなければいけないと痛感させられる。何しろ社会を担うのは子供たちであり、それは幼少期の体験に裏打ちされるのだから。

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2013年2月 8日 (金)

【イベント情報】山梨三人委員会哲学塾

今更ですが、2月8日から10日まで

昨年までの群馬県片品村(尾瀬)から会場を山梨県(清里)に移し、内山節先生、大熊節先生、鬼頭秀一先生の三人委員会哲学塾を開催いたします。

三人委員会哲学塾は「そもそも思想はローカルである。」を原点に、静岡県掛川市で1997年に開催以来、長野県飯山市、群馬県片品村とバトンを繋いできました。
その間、私たちを取り巻く情勢は大きく変化しており、哲学塾においても毎年、様々なテーマで議論を重ねてきました。三人委員会での議論の目的は、ローカルな場を原点に「結論を出すことではなく、議論を深め理解し合うこと」です。
特に、ここ数年、真に時代の大きな転換期に直面している中で、本年からは議論の場所を山梨・清里に移し、哲学塾の原点に立ち戻り、延々と議論していきたいと考えます。

テーマ:ローカルな思想の存在価値は変化したのか!

そして大好きなUstreamで生中継予定です。


Streaming video by Ustream

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2013年1月 1日 (火)

平成25年 新年のご挨拶

 新年明けましておめでとうございます。

 上野村村民の皆様のおかげさまをもちまして、無事上野村で一年を過ごすことができました。(関連記事:上野村カテゴリー)
また、皆様にも大変お世話になり感謝申し上げます。

 上野村は春夏秋冬本当にきれいで、いいところです。
是非お出かけください。

 神社のしめ縄は蛇を表し、その生殖時間の長さから、子孫繁栄の象徴とされたそうです。
昨年の龍舞う年に掲げた計画を始め、今年は「育む」一年にしたいと思います。

 私自身を振り返ると2008年07月11日ローカルサミットin十勝が人生の転機でありました。今までは普通の生活をしていたのが、これ以降いろいろなことを考え、いろいろな人にお会いし、そして上野村へ移住するようになりました。このままでは保たない、変わらなければいけない社会構造をこれからどうしていくか、その答えは上野村にあると思います。その一端に関わらせていただいていることに感謝の日々です。今年は上野村が最先端であることを証明する一年になろうかと思います。

本年もよろしくお願いいたします。

平成二十五年 元旦

イベント告知

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2012年12月19日 (水)

【イベント情報】green drinks OMY エネルギーについて考えよう

師走は本当にあわただしくしています。

そんな忙しい中でもエネルギーはちゃんと考えなければいけません。

エネルギーを使う物の責任です。

http://greendrinks.jp/announcements/1222%EF%BC%88%E5%9C%9F%EF%BC%89green-drinks-omy-vol-1%EF%BC%9A%E3%82%A8%E3%83%8D%E3%83%AB%E3%82%AE%E3%83%BC%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6%E8%80%83%E3%81%88%E3%82%88%E3%81%86%EF%BC%81/

エネルギー大消費地東京でエネルギーを考えます。是非ご参加ください。

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2012年11月26日 (月)

【イベント情報】第5回上野村シンポジウム申し込み

 上野村に移住してちょうど一年が経ちました。今日は雪でも降るんじゃないかと思うほど寒い我が家です。おかげさまで村民の皆様のご支援をいただき幸せに暮らしております。

 さて、例年上野村で開催され、私が移住するきっかけになりました「新たなる多数派の形成を目指す上野村シンポジウム」が本年度も2月2日(土)、3日(日)で開催されます。

 なお、今年は趣向を変えて、初日は全員で集まりません。内山節先生もどこにいるか当日の気分次第とのこと。上野村をご満喫いただいた上で、翌日それを持ち寄る予定です。
また、ちょうど節分であり、乃久里神社(のぐり)の節分祭がありますので、お時間に余裕のある方は是非ご参加ください。

 パンフレットなど詳細はこちらから。

http://otenma.exblog.jp/

シンポジウムに来られない方はネットでも二日目の全体会を配信予定ですからご覧ください。
でもバーチャルでは一番楽しい村民との交流はできません。

Stream videos at Ustream

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2012年11月22日 (木)

エネ経会議 菅原文太さん基調講演

エネルギーから経済を考える経営者ネットワーク会議(エネ経会議)で菅原文太さんの基調講演がありました。例によって当日メモより。

 今日ははかられた。吉澤さんに詳しく知らされていない。来てほしいからと言われてきたらこういう話になっている。のどが痛いからやめようかとも思った。スカーフを巻いているのはすかしているからではなく、のどを温めているから。

 日本には昔から百年河清を待つという言葉がある。でも1000年も2000年も前から川がきれいになったことは一度もない。関ヶ原の時は小さな川が真っ赤になったという話を聞いた。

 100年も被災地は待ってはいられない。川をきれいにすると言うより、政治をきれいにしなきゃいけない。くっついたり離れたり、離れたりくっついたり。うすみっともなくて見ていられない。

 一週間前に福島の中通りにある石川町に行ってきた。東北は、やくざな商売をやっているから歩いているけど、初めていったところ。初めて車で郡山から向かった。紅葉できれいな町だった。紅葉の姓だろうけど、どこへ行ってもこの時期はきれいに見える。運転してくれた役場の人が50km離れているので地上は線量が著しく高いわけじゃない。山は入ることができない。木を切ってはいけないと通達が町へ来る。今頃は木こりと農業と兼業で暮らしていた。郡山まで一時間半通っていたのだが、放射能で企業も逃げた。食ってはいけない。木を切って売れない。売ってはいけない。

 50~60kmでもそういうありさま。浪江など近くは人っ子一人住んでいない。最近NHKの番組に出ている。「日本人は何を考えてきたのか」という番組。そのとき一緒に歩いてくれた学校の先生。40年間反原発運動をやってきた。会津の来た方の小さなアパートに奥さんと暮らしている。お子さんは別に暮らしている。一年8ヶ月経つ。大きな地震も津波、大災害が押し寄せてから。

 東北の復興は何も進んでいない。どういうことなのか。さっき100年という言葉を出したが、今原発をぴたっと閉じたとしても、その後始末にどのくらいかかるのか。100年じゃすまないだろう。チェルノブイリは未だに200kmは住んではいけない。月の荒涼とした地面と同じ。日本はのんきすぎる。

 現地に行くと町長さんたちがおそれているのは、人の心が荒廃していき、それがますます広まっていくことが怖い。七割くらいの人が全国に散り、どこでどうやって暮らしているのかわからない人が半数以上。二本松に借りていたけれど、いつまでもそうやっていられないから、隣に掘っ立て小屋の役所を建てた。日本人の気持ちが風化していくのが怖い。浪江町や双葉町など、口を同じくしていっている。

 今日はのどの調子が悪いからさぼろうと思ったけれど、聞けば中小企業だけど原発に反対の人々ばかりですからといわれて、それじゃあさぼるわけにはいかんと思ってきた。

 今本当に国の体をなしていない。名前はわかるが言いたくもないような総理大臣。今日だって「この先も我々に政権を握らせてください。」とあのしょぼくれた顔を引き締めていっていたけど。

 これは私が言い出したことじゃなくて、「この状態は何とかせねばいかんよな。」と。にっぽんの・・・で焼酎と旨い物ばかり食ってもいられない。70過ぎたのばかりだから、「じいちゃん、いいことしてきたの?」と孫に言われて、何もやっていなかったんじゃね、大口たたいて生きるわけにはいかない。

 メディアもおもしろおかしくしてもらいたくないと言ったのに、常に「仁義なき戦い」がでてくる。あれは映画だよ。東映のみんなでやったこと。俺だけでやった訳じゃない。一緒にやってきた仲間も今は健さん一人になってしまった。あの人は俺より二つ上。すごい。今時あんな俳優はいない。仁義なき戦いを一緒にした人はほとんどなくなってしまった。

 自分も片足入っているくらいだから、ちょっとくらい何かいいことをしようと思った。酒も浴びるほど飲んでいたのをやめた。女房にやめろと言われて、かかりつけの先生にもあれだけ飲めば十分じゃないかといわれて。そして「牛肉もやめなさい」と言われてた。確かに食べさせているものを見るとさかなの養殖にしても、肉にしても抗生物質が大量に使われている。

 一度でも病気になれば全部殺す。何万羽も。放し飼いにしていれば8年くらいは持つのに。二年しか持たない。だんだん卵が埋めなくなってくるから処分される。

 農業法人を始めた頃、中学の同級生から突然電話がかかってきた。菅原なんて呼びつけにするから誰だと思っていたら、50年ぶりの同級生だった。卵をやるから取りにこいという。分けてくれるというので千葉まで行ってみた。窓のない薄暗い大きな建物。なんでこんな環境にしているのかといえば、これが一番卵を産むという。天井までびっしり8段小さなかごに詰め込まれている。えさはベルトコンベアーで常に送っている。

 出荷先をきいたら、スーパーにも持っていくけど、これはネット中継もしているから社名はあげないけど、○○マヨネーズに持っていく。社名は言わなくてもわかるだろ。日本は抗生物質を大量に使っている。よその国、アメリカやヨーロッパの40倍。

 確かに日本の医者はすぐにくれる。ちょっと熱があってなんていえば、すぐに出す。日本の医療の過ぎたるでも使われるだろうけど、多くはさかなの養殖や、牛、豚、鶏などに使われている。商売で利益追求するところで使っている。追求するあまり、他のことを忘れてしまう。命もそう。
 他によその国と比べてみると他にもあった。農薬。1963年からアメリカの7倍。ヨーロッパの6倍の量がアメリカから押しつけられてきた。アメリカから言われれば押すプレイでもごもっともとなってしまう。全部ごもっとも。

 アメリカだって飛行機で撒く。あの量はすごい。その7倍。そんなものを食べてきた我々。農薬を使っていることは知っていたけど、農薬や化学肥料を使わずにと自分の所は思っている。農水省の認可を取っているというJASだって怪しい。日本ほど情報を隠蔽する国はない。ここにいる皆さんはもう手遅れ。これからの子供たちのためにやめないと。わかってくれるのは犯罪。皆さん知らなかったでしょ?私も知らなかった。

 田んぼを借りたいといったら農協が低姿勢でやってきた。普通相場が1俵1万2千円くらいだが、菅原さんがやるなら1万5千円で買い取りましょうと。裏があるんじゃないかと疑ってはいた。物は試しでやってみることにした。ただし、下流じゃだめ。農薬に汚染されているから。南アルプスの取り口でやっている。

 農協が「菅原さんはじめの時はまずこの農薬。5月、7月になったらと4回くらい使う段取りになっている。」と説明に来た。そんなもの使わないと言ったら「困ります」と言われた。しかし「菅原さんがそういうなら仕方がない」とやけくそで事務長が帰って行った。

 周囲の田んぼはすごい農薬を使っている。昔田んぼの経験がある俺は一人貼り付けておいただけ。「草はあんまり気にするな。」といっておいた。ある時いもちが出たと騒いで、農協も大騒ぎした。小さな物だったのでほっとけと言っておいた。

 秋、周辺の田んぼはみんな倒れてしまったし、腐っているのもある。うちもだめかと思っていたら、1町歩のうちの9反歩は倒れていたが、うちの田んぼだけは平気だった。なにもしないで8俵とれた。なんでうちだけがと思っていたが、米の種類も昔の米を九州から取り寄せて使った。あまのじゃくだから。今の人はコシヒカリばかり使っている。始めるときに「農協がコシヒカリにしてください」と行ってきた。「俺が育てるのにしてくださいとは何事だと、俺が育てるんだから。」と従来種を探して育てた。

 次の年になってうちのやり方は正しかったので田んぼを増やそうと思っていたら、「菅原さんには貸せないと地主が言っている」と農協が言ってきた。地主なんか会ったこともないないのに。ついに貸してもらえなくなった。それが農業の実態。

 佐久病院のわかつき先生。農村地帯医療をずっと続けられてきた。50年書き記したノートにも農薬のことが載っている。その先生に聞いてみた。除草材の成分と何ですかと。そうしたら、成分の若干の違いはあるがアメリカが戦争の時に使った枯れ葉剤と同じ物と思って間違いない。そんなものが50年間も使われてきたのかと思うとぞっとする。ノーベル賞など化学の成果が取りざたされているが、裏側ではそういう化学肥料、種の会社が暗躍している。不思議だったのが、みんな枯れてしまうのではないか。稲とかは種そのものが農薬に負けないように作られている。今はF1。除草剤にも農薬にも負けないが、一代でしか種(しゅ)を作れない。

 「ふるえる石」を書いたあいばさん。元々は時事通信の記者だったが、足を棒にして書いた記事がその通り新聞に掲載されたためしがない。だからやめた。今は大スーパーで行われる牛肉偽装をおっている。殺人まで起こっている。くず肉を集めて、硫酸なんとかとかきくのも嫌な添加物で固めてしまう。そうするときれいな肉のステーキになるぐらい技術は発達している。

 ハンバーグは偽装社会ではぞうきんといわれている。100円くらいのハンバーグ。だいたい本当に作ったら100円じゃ作れない。もうそうなるとくず肉じゃない。大豆の絞りかすに硫酸なんとか、とかを大量に聞いただけでも恐ろしくなるくらい。それに肉の香料を混ぜて作っている。コンビニ弁当は安い。そんな値段で作られるわけがない。自分で作っているのを確認しなきゃ食べられない。日本の食品業界でこんなことがやられている。

 中小企業もピンキリだろうけど、良心が大切。もうけること、利益の前に良識。デジタルが肌に合わない。俺はフィルムの時代だから。デジタルカメラは何でもできる。女優のしわだって消せる。菅原さんもどうですかといわれたので、ふざけるなと断った。しわはしわ。お百姓さんの横皺縦皺を見ればわかる。そういうのが存在感。ドキュメンタリー見てみろ。昔は苦労してロケーションを探した。看板どかしていただけますかなど交渉もしてようやく作った。探すのも大変だった。今はCG。パッパと俳優が入るとできてしまう。これも偽装だろう。

 「いのちの党」最後に一つだけ言わせてもらいたい。そういう物を立ち上げたら政治と関わらないといけないと言われている。町村会で講演することがあったが、そういう地方で働いている人の代表者。そういう人に入ってもらってがんばる。村長さんが国家に出て行くとかが何年かごには出てくるかもしれない。

「命」
 

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2012年11月18日 (日)

【イベント情報】上野村在住の哲学者 内山 節さん と一緒に お正月用お餅つき大会

上野村在住の哲学者 内山 節さん と一緒に お正月用のお餅をつこう! !
昔ながらの杵と臼でお餅をついて本物のお餅でお正月を迎えよう!!

集合場所・時間:三岐学生の家10 時集合
            (お車はしおじの湯に駐車して下さい。)
          10 時半 餅つき開始 15 時頃終了予定
雨天決行

先 着:餅30 枚分(1枚あたり餅米2升使用)
要予約:12 月17 日(月)締切

昼食は地元料理(つきたてのお餅、あったかい豚汁など)を味わっていただき
食後は秘湯“しおじの湯” で入浴をお楽しみください。

参加費(当日集金)  ※ 小学生未満無料
  村外 1 人 1,500 円 (昼食料、しおじの湯入浴料、保険料、消費税込み)
  村民 1 人 500 円 (昼食料、保険料、消費税込み)
  お持帰りの餅1 枚につき 2,500 円(1 枚あたり餅米2 升使用)
  ※上野村民の方は、餅米の持込みも可能です。
   その場合、餅米を磨いで水に浸したものをお持ち下さい。(2升単位でお願いします) 餅代は値引きさせていただきます。

今年もやります! 上野村のケーキパーティ
餅つき後に持寄りのケーキパーティを開催します! !

今年はクリスマスイブということで、忘年会を兼ねてケーキパーティを開
催します。村内のお菓子づくりが得意なみなさんがケーキを持寄ります。
差入れも大歓迎です。 参加ご希望の方は、お申込の際にお伝えください。
参加費500 円 18 時終了予定

12 月23 日(日)、24 日(月)に宿泊をご希望の方はご相談ください。
村内の民宿、ホテルなどをご案内いたします。

内山 節(うちやま たかし)プロフィール
1950 年東京生まれ。哲学者。1970 年代に入った頃から、東京と群馬県の山村・上野村との二重生活をしている。著書に『「里」という思想』『怯えの時代』『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』『戦争という仕事』『清浄なる精神』『共同体の基礎理論』など多数。NPO 法人・森づくりフォーラム代表理事など。上野村では畑を耕し、森を歩き、自然と親しみながら暮らしている。

主催:上野村、おてんまの会(上野村のボランティア団体)
お問合せ・お申込み 上野村 森の体験館(産業情報センター)まで
TEL 0274-20-7072 FAX 0274-59-2520

2012mochituki

餅つきは練りが7割、つきが3割ということで、ベテランさんの餅つきをご参考になさってください。

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2012年11月14日 (水)

豊かな上野村生活

昨年11月17日に住民票を移し、29日に引っ越ししてきましたので、もうすぐ上野村に来てから一年経とうとしています。

この間いろいろありました。来て早々テントウ虫とカメムシラッシュで二階中が埋め尽くされ、気温はマイナス十度以下。屋内水道管の破裂。二月の凍結による断水と。これだけなら上野村生活をあきらめたかもしれません。

自然は厳しかったわけですが、人は温たかった。水道が破裂したといえば駆けつけてくれるご近所。畑を作ってくださる大家さん。留守には畑を管理してくださるお隣さん。いろいろと良くしてくれる八百屋さんを始め皆様のお世話になっているおかげで生きていられます。

都市にいるとお金だけで関係が割りきれるのですが、上野村は違います。野菜をもらってお金を払ったら、たぶん次からもらえないでしょう。こちらは御礼のつもりなわけですが、「こっちがくれたいからやっているのに、金をくれるとは何事だ」と逆に怒られてしまいます。お金が関係性を割り切るためのツールであることを実感します。

また、ある時は鍵の閉じ込みをしてしまい、ご近所山の世話になったのですが、往復で一時間以上仕事の手を止めさせてしまったにもかかわらず、「困ったときはお互い様なんだから気にするな。変に気を使うと次からやってやらないぞ。」と優しく言ってもらえました。本当にありがたく感謝の日々です。

春になるとこんなに人が来るんだと驚きもしました。そしてお祭りやら町内の集まりやら消防団やら、青年団やらにも参加させていただき、毎週何らかのかたちで飲み会だった気がします。細かい話は20120731上野村生活を振り返ってにもいくつか書いてあります。

ただし、都市の人がいわゆる静かな生活をしたくてくるには向いていないかもしれません。関係性を楽しめない人には居心地の悪いところだと思います。村民は確かに優しいけど、自分から心を開こうとしなければ、村人も心を開きません。関係性がなければ生きていけない土地ですから。

上野村に初めてきたのは5年前。上野村シンポジウムがきっかけでした。そのご内山節先生を追いかけているうちに上野村を気に入りついに居着くようになりました。(関連:内山哲学カテゴリー

急斜面の山の中なので、本当に先人たちが苦労して作ってきた財産であることを実感する日々です。こういう財産は受け継がなければいけません。

しかしご縁とは不思議な物です。大家さんと東京で会っていたけれどもお互い全く知らずに家を借りることになります。しかも大家さんの親戚を私も知っていて・・・。その方に知り合ったのもまた偶然。偶然が重なり必然的に上野村にいる気がします。

自分の人生何度か収入が一度0にリセットされてきました。リセットする度に次は出世するのですが、ここ上野村で成功し定住していきたい物です。

纏まらない話になってしまいましたが、ツイッターを始めると、頭を使わなくていい簡単さから、あればかりになってしまいます。社会がお金で割り切る短絡的な構造になりつつある昨今。楽をしたいという欲求ばかりが取りだたされ、大事なことが忘れられてしまいます。人間は人間という関係性の中でしか生きられないのに、どうするんだろうと思ってしまいます。自分はこの関係性あふれる上野村にいるから関係ないというわけにはいきません。関係ないというのであれば都会の人と同じになってしまうわけですから。

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2012年9月18日 (火)

【イベント情報】第28回水郷水都全国会議大会in津南

総延長367キロの大河信濃川が刻んできた雄大な日本一の河岸段丘(越後妻有地区)で、今夏も現代アート展“大地の芸術祭”がおこなわれている。「悠久の歴史」を映す中流域の風土にふさわしい。近くの阿賀野川水系・只見川の銀山平には、作家・開高健の文学碑「河は眠らない」が建つ。歳月も川の流れのようにとまらない。時代の激流に洗われ、人は何が「原点」であったかを忘れがちである。
 1984年、琵琶湖で開催された第1回世界湖沼環境会議に触発されて、翌1985年に第1回水郷水都全国会議が島根県松江市で開かれた。その松江宣言では、「都市と水との共存関係こそは、地域社会の基盤である」として、住民が水都再生のまちづくりに参画する権利を確立することによって、「はじめて魅力ある地域社会を創造することができる」と謳っている。この確信に支えられて、国が強行した「中海・宍道湖の淡水化計画」を阻止し得たのであろう。
 また、「日本名水百選」は環境庁が各都道府県に名水候補地を推薦してもらった784件の中から、慎重に選定(1985年)された。その基準は何であったろうか。選定委員を務めた伊藤和明さんは、「まず、水質、水量、周辺環境、親水性の観点からみて、良好な状態にあること。そして何といっても、地域住民などによる名水保全の活動があること。この二点を必須条件とした」と記している(木原啓吉編『水の時代をひらく』LGC総合研究所、「『名水百選』と水環境の保全」)。
 3・11以後の揺らぎの時代を生き抜くためには、「自然との共生」を根本的に再考する必要がある。12,000年余の縄文の歴史文化を誇る、日本名水百選「竜ヶ窪」の里・新潟県津南町で開催される第28回大会が、「原点回帰」になることを心から期待し、多くのみなさまのご参集を乞う。
  大会実施要項
●第28回水郷水都全国会議大会
⑴日 時 11月24日(土)13:00開場~25日(日)12:00閉会。
⑵会 場 津南文化センター(新潟県津南町下船渡丁2806-3、☎025-765-3134、JR飯山線「津南駅」徒歩22分)。
⑶参加費 2,000円(資料代等、事前振り込みが原則)
⑷内 容 
①全大会<ホールで目標200人>13:00開場、13:30開演~
 ○全国実行委員会共同代表あいさつ …………………………… 13:33
 ○現地実行委員会委員長あいさつ ……………………………… 13:36
 ○事務局からのガイダンス(日程、資料、宿泊等)……………… 13:45
②基調講演(各45分質疑応答を含む)
 ○「大河信濃川が育んだ縄文の里」…………………………… 13:45~14:30
   講師:佐藤 雅一 (津南町「農と縄文の体験実習館」学芸員)
 ○「川とは? 水枯れの大河・信濃川に鮭の道を拓く」…… 14:31~15:15
講師:大熊  孝 (水郷水都全国会議共同代表・新潟大学名誉教授)
●休憩<15分間、センター内の分科会会場に移動>
③分科会(@15分、各先着5報告で締切。調査研究や地域での実践を発表しませんか。「成果」ばかりでなく、失敗例なども歓迎)。万一、報告者が少ない場合には、統合・再編を検討。………………15:30~17:20

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